憲法記念日「平和憲法だから改正するな」論に思う

憲法記念日を迎えると、各種メディアがそれぞれに日本国憲法に関する記事を掲げます
先般、高市首相が憲法改正発議に積極的な発言をしたため、「平和憲法を改正するな」との反応も高まりました
以前にも触れましたが、安倍晋三元首相がかつて提示した憲法改正案はひどく粗末な内容であり、わざわざこのようなお粗末なものに改正するため自民党は活動してきたのか、と呆れたものです
他方で憲法改正阻止を訴える人たちの中には「世界に誇る平和憲法なのだから、条文の1文字たりとも変えてはいけない」と、まるで宗教であるかのような主張をしている者もいて、「はぁ?」と思ってしまいます
憲法制定から随分と時間が経っており、プライバシー権などあらたな権利を主張されている折に、憲法には基本的な人権として網羅している範囲があまりに狭く、これをきちんと整理し拡充する必要があります。権利を保護するためには法律の条文にできるだけ具体的に明示する必要があり、曖昧な表現では憲法違反になるのかどうか、議論といくつもの裁判で判例を積み重ねる必要が生じます


「わたしの母は中国のハルビンで育ち、入植者だった祖父は敗戦時に殺されました。母の弟は、長崎の原爆で即死でした。軍医だった父方の伯父は中国で生きている捕虜の解剖をしたと、わたしにもらしました。戦争で人間は残酷です」
東京都立高校元教員の池田幹子さん(78歳)が4月8日、「平和憲法を守るための緊急アクション」の呼びかけで国会前に集まった約3万人を前に、マイクをにぎった。音楽教員として学校の式典で「君が代」の伴奏を拒否し、裁判で「思想・良心の自由」を訴えた人だ。彼女はなぜ「君が代」をうたえないのか。
大人だけでなく子どもたちも、自分の考えや疑問を口にすることができなかった時代。「思想統制と戦争はセットだった」。だからこそ、「今の憲法の『思想・良心の自由』『表現の自由』は、9条の『戦争放棄』とともに平和憲法の要です」と池田さんは言う。
スパイ防止法、国旗損壊罪の制定を高市早苗政権は進めるが、それが社会に何をもたらすのか。国家の戦争責任を問う人物をあぶりだし、まるで犯罪者のように孤立させるのか。
「君が代」をうたわなければ処分するという教育委員会を相手どり闘いつづける教員らに対して、社会の視線は冷たい。その視線に耐えながらもなお、教員らは踏ん張っている。
ファシズムへの道は、高市首相やトランプ米大統領の強引さだけでなく、「普通の人びと」の無関心と冷たさに支えられ、進められてゆく。
池田さんとわたしは20年前、「君が代」問題を通して知り合った。そんななかで、「君が代」に抗う教員らとともに、音楽のよろこびを取り戻したいと「コンサート・自由な風の歌」を毎年、開催してきた。コンサートでは林光作曲「日本国憲法・前文」「第9条」をうたいつづけている。
(以下、略。週刊金曜日の記事から引用)

日本国憲法前文と第9条

例えば同性婚を認めるかどうか、「憲法は同性同士の結婚を想定していない」と裁判所が判断すれば、同性婚による権利は何も保障されなくなってしまいます。こどもの親権や相続の権利などなど
同性婚に賛成するか反対するかの議論はともかく、基本的な権利を保障するには国の基本法である憲法に「婚姻は異性間でも同性間でも同じ権利と義務が生じる」と明記する必要がある…との一例です
憲法の条文を一言一句たりとも改正してはならない、と主張する人たちは、こうした権利保護の問題を無視していると言わざるを得ません
男女同権の実効性確保とか、こどもの権利とか、労働者の権利とか、まだまだ憲法を改正すべき必然性は多々あります

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