志田陽子教授の「国旗損壊=表現の自由」への疑問

先般取り上げた武蔵野美術大学の志田陽子教授による「国旗損壊罪」新設への危惧ですが、より詳しい主張が弁護士JPニュースのサイトに掲載されています
読んで感じるのは、志田教授が「国旗損壊=表現の自由」との前提に立っている点が不可解であり、なぜかそう主張するのかが理解できません
当ブログで前回も書いたように、政権批判をするのに国旗を燃やす必然性はなく、国旗を燃やしたい人たちが恣意的に燃やすとしか考えようがありません
そんな輩を「表現の自由だから」と擁護する必要があるのか、と自分は思います
まずは志田教授の主張の一端を引用します


「表現の自由」だけにとどまらない「精神の自由」全般の問題
この件が表現活動にどう影響してくるかについては、2012年の法案に関して出された日弁連の声明をはじめ、多くの法律家が繰り返し指摘してきた。
同法案は、損壊対象の国旗を官公署に掲げられたものに限定していないため、このままでは国旗を芸術表現や商業広告やスポーツ応援に利用する行為や、政府に抗議する表現方法として用いる行為なども処罰の対象に含まれてくる。
正確にいえば、「国旗及び国歌に関する法律」に規定された図案に則ったものと同じ寸法の図案が広く対象に含まれてくる。表現者が自分で作った布や紙の国旗が法適用の対象となりうる。
また、映画作品や絵画作品・彫刻作品の中でそうした表象を切り刻んだり燃やしたり、自然風化していく表現をした場合にも、適用される可能性が出てくる。そのため、「表現の自由」やその根底にある「思想・良心の自由」を侵害するおそれがある。
たとえ制定者が、政治的批判表現の自由を規制することを意図していなかったとしても、法文がそのような適用・運用を許す内容となっていた場合には、規制対象が広すぎて違憲となる部分を含んでいるために違憲、と判断すべきことになるだろう。「過度に広汎なため違憲」とか「過剰包摂」といわれる問題である。
(弁護士JPニュースの記事から引用)


国旗損壊罪が「思想・良心の自由」の侵害になり得るとの指摘ですが、「日本の国旗を毎日焼かないと良心の自由が保てない人」というのは相当に特殊な思想の持ち主ではないか、と思われます。「思想・良心の自由」を主張するより病院へ行くべきなのでは?
あるいは日本の国旗を見ると失神してしまうとか、ゲロを吐いてしまうとか、そんな症状を訴える人がいたら、まずは心療内科を受診すべきでしょう
かつて小中学校の卒業式といえば、「君が代斉唱反対」とか、「日の丸掲揚反対」などを叫ぶ教師が暴れまくっていました。彼ら彼女らも「思想・良心の自由」を主張していたわけですが、「公務員としての服務規程に従うべし」との指示の徹底すり下火になった感があります。個人の思想や良心の自由を主張する以前に、公務員として公共の利益に尽くす義務を負っているのだと自覚することで、身勝手で幼稚な主張が後退したのでしょう
教師個人が共産主義を信奉しようと悪魔を崇拝しようと金正恩をオカズにしようと自由ですが、一生に1度の入学式や卒業式を、「君が代斉唱反対」だの「日の丸掲揚反対」などの身勝手な主張で無茶苦茶にするのは許されません
ところが、上記の志田教授の主張するところを読むと、「君が代斉唱反対」や「日の丸掲揚反対」は「個人の思想・良心の自由だから尊重されるべきだ」との論に逆戻りしているように感じられてなりません
その結果、卒業式や入学式が目茶苦茶になっても、「やむを得ない」と志田教授は肯定するのでしょうか?昔の「君が代・日の丸論争」の蒸し返しでしかないと思うばかりです

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