長野ひき逃げ事件 懲役12年判決
時折、裁判所の判例データベースをチェックしているのですが、その中で長野県佐久市でのひき逃げ事件の判決が10月30日付けで言い渡されていたのを発見しました。この事件は当ブログで追いかけていたのですが、公判途中まで取り上げたものの判決については失念していました
あらためて判決に言及します
事件は佐藤英伸被告が朝方4時、車で歩行者をはねた後、まだ息がある状態なのにそのまま山林まで運んで遺棄し、死亡されたものです
検察は殺人罪で起訴しており、裁判所の判断が注目されていました
佐久市で2023年、80歳代男性を車ではね、長和町内の山中に遺棄し死亡させたとして、殺人罪と自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致傷)などに問われた同市、無職佐藤英伸被告(34)に対する裁判員裁判の判決が30日、長野地裁であった。坂田正史裁判長は殺人罪を適用し、「事故の 隠蔽 いんぺい のため被害者の生命を危険にさらし、厳しい非難に値する」として懲役12年(求刑・懲役15年)を言い渡した。弁護人は控訴しない方針を示した。
判決によると、佐藤被告は、23年12月10日午前4時10分頃、同市岩村田で中沢秋雄さん(当時85歳)を車ではね、その後、中沢さんを同町内の山中に遺棄し、死亡させ殺害した。
争点は佐藤被告を殺人罪に問えるかどうか。弁護側は、佐藤被告は遺棄前に中沢さんが死亡したと認識していたとして死体遺棄罪に当たると主張していた。
坂田裁判長は検察側証人の医師の証言を採用し、中沢さんは遺棄後、17~18時間程度は生存し、死因は低体温症と多発性外傷だったと認定した。事故後、中沢さんを救命することは十分可能だったとし、遺棄したことは「死亡する危険性を増大させる行為で、殺人罪の実行行為に当たる」と指摘。殺意については「被害者が死亡するかもしれないが、事故の発覚を防ぐためやむを得ないという認識でいた」と未必の故意があったと結論づけた。
佐藤被告は公判で、中沢さんについて「助けることはできないと考えた」と述べたが、坂田裁判長は「常識的には信じがたい」と退けた。
(読売新聞の記事から引用)
佐藤被告の行動についてはすでに当ブログで書いたように、飲酒運転の発覚を恐れ警察に通報もせず救急車も呼ばなかったのではないか、との印象を受けます。ただ、飲酒運転については立件されていません
判決文を読んでみると、佐藤被告の妻は看護師をしており、当日は現場近くの総合病院で夜勤をしていたのだそうです。救急車を呼んで搬送された場合、事故を起こしたことが妻に知れるから、緊急通報をためらってしまったのかどうか、そこは佐藤被告自身の心の内なのでなんとも言えません
中沢さんがなぜ、12月の午前4時という時間に道路を歩いていたのかも不明ですが、そこは詮索しても仕方がないでしょう
佐藤被告は中沢さんをはねた後、コンビニエンスストアまで行ってペットボトルの水を数本買い、現場に戻って路上の血を洗い流すなど証拠隠滅を図っています。事故の痕跡を隠し、逃げる気満々だったのでしょう
裁判で佐藤被告は、「中沢さんがすでに助からない状態だから」と主張し殺人罪には当たらないとの主張を繰り返したわけですが、裁判官が納得するはずもなく、上記の記事の通り懲役12年の判決を言い渡しています。ただし、これは殺人罪を認めた割には軽い量刑です。検察は懲役15年を求刑しており、そこから3年も割り引いているのですから(ただし、判決文の中で3年も割り引くほど佐藤被告の情状として酌むべきものがあるとは言及されていません。おそらく佐藤被告の妻や親族、職場の同僚らが証言に立ち、被告の人柄など情状として酌むよう訴えたものと思われますが)
また、佐藤被告は事故の後、スマートフォンで繰り返し「殺人事件の隠蔽方法」とか「ひき逃げ バレない方法」など検索しており、その行動がかえって殺人事件としての認識があったと裏付ける結果になっています
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