「無敵の人」考 通り魔殺人や親殺し

今日では当たり前のように使われる「無敵の人」という表現について、日本心理臨床学会の会誌「心理臨床の広場」第16巻第1号(2023年4月1日刊)で、北海道大学の井出智博准教授が考察を展開しています
この記事はインターネット上に公開されていますので、関心のある方はアクセスして一読願います


「無敵の人」を生み出さないために 「無敵の人」と表現してしまうことのリスク
ネットスラングの使用に関するリスク
私が「無敵の人」という言葉を知ったのは安倍元総理が殺害された事件の後でしたが、初めてその言葉を聞いたときには、事件のインパクトもあって、罪に問われることを厭わない傍若無人で無感情な人に対する非難の意を込めた言葉だと理解しました。
その言葉をWikipedia で調べてみると、「無敵の人(インターネットスラング)」と表示されます。大学の授業では「書籍や論文で調べるように」と指導しますが、インターネットスラング(ネットスラング)を理解しようとする時、世界中の人の手で共同編集され続けているWikipedia ほど心強いものはありません。ネットスラングは、匿名化された人の手で様々な意味が付与され続け、その変化はとても速く進むこともあります。それが私たちの日常に身近で起きている事象を体験される感覚に基づいた形で表現するネットスラングの面白さであり、受け入れられやすさでもあるでしょう。結果的に時世を反映した言葉としての価値を持つことになります。心理学の専門用語が匿名ではなく記名で、学会発表や研究論文など目に見える議論を経て定義されるのとは異なる特徴を持っています。しかし、だからこそ、ネットスラングの使用には本来とは異なる意味で用いられたり、意図せずに特定の誰かを傷つけ、排除する動きにつながったりするというリスクもあります。例えば"メンヘラ"というネットスラングに関する研究ではネット上で"メンヘラ"という言葉が用法を変化・拡大させながら用いられてきたことが指摘されています。当初"メンヘラ"という言葉はメンタルヘルスに問題を抱えた当事者が集うインターネット掲示板でそこに集う自分たちを表現する言葉として用いられていましたが、その後、精神的な問題を抱えている人たちを揶揄する意味合いを含んで用いられるようになりました。
特定の言葉で一括りにするリスク
またネットスラングではなくとも、ある特定の状況にある人、あるいは特徴を持つ人を指す言葉を使用する場合のリスクにも目を向けておく必要があります。例えば「モンスターペアレント」という言葉があります。学校や教師からすると過剰ともとれるような無理難題を押し付けてくる保護者を表現しようとした言葉ですが、この言葉が広く用いられるようになったことで学校や教師はすべて善であり被害者であり、学校や教師に様々な要求を出す保護者は化け物、怪物であるため、その要求は「すべておかしいもの」と決めつけられる風潮が進んだという批判もあります。このようにある言葉で特定の人たちを一括りに表現しようとするとき、そこに含められてしまった個々の人々の想いや考え、彼らを取り巻く状況に注意が向けられなくなってしまったり、彼らを自分たちとは違う異質な人たちとみなすステレオタイプを生むことになってしまったりするリスクがあるのです。
(中略)
安倍元総理が殺害された事件の後、10年以上前に初めて「無敵の人」という表現を用いたひろゆき(西村博之)氏は『無敵の人を減らすために出来ることを徒然と。』という動画を彼のYouTube チャンネルで公開しました。その動画の中で彼は、死刑になったり逮捕されたりするのを怖がらないで罪を犯す人を「無敵の人」と表現したと説明しています。そして「無敵の人」は社会から排除された結果であるため、人を排除する考え方自体を変えていく必要があるというメッセージを発して動画を締めくくっています。
(以下、略)


世の中は情報過多の時代ですから、より情報を取り込みやすくする方法として、複雑な概念をばっさりと刈り込み、数点あるいは1点の要素だけ抽出して説明する方法が採られます。よって「無敵の人」も単純に、「社会からはみ出した者が乱暴狼藉を働く現象」と要約されてしまい、一般には受け取られているのが実際でしょう
そこにさまざまな問題、隘路があろうと関係なく、「死刑も怖くない。懲役も怖くない狼藉者」と括られてしまいます
全国各地で通り魔事件が起き、あるいは「なぜその程度の理由で殺したりするのか」と思うほど過剰な暴力による親殺しが起きています
上記の井出準教授による記事では、「無敵の人を社会から排除するのではなく、取り込む仕組みが必要」と指摘しています。ただ、行政組織がその役割を担うべきなのか、と問われると誰もが首を傾げるはずです
目を転じれば、欧米ではキリスト教の教会やそこに関連するボランティア団体がホームレス救済のため、活動しています。日本の場合はどうでしょう?
およそ仏教系の寺院が「無敵の人」を受け入れる活動をしているのか疑問ですし、そこまで社会に働きかける活動をしている仏教団体は少ないように思えます
となれば、日本の仏教がなぜ戦後にここまで力を失い、葬式ビジネスばかりになってしまったのか、考察する必要が出てきます(自分の手に余るので考察はしませんが)
もちろん、ホームレスを支援したり、こども食堂を営む活動をする団体も日本には存在し、社会的な弱者を無視しているわけではありません。が、その一方でひきこもりの若者・中年がいて、社会から孤立しているのも事実ですし、彼らが無差別殺人に走るケースも散見されます
行政が新たな部署を設け、「無敵の人」や「ひきこもりの人」へ対処し、就労を促す働きかけをするのか(相応の予算が必要となり、税負担が増えます)、民間の力で対処するのか、あるいは行政と民間の両方で取り組むのか、モデルプランを作って試みる時期だと思います
いきなりすべてを解決しようとしても無理なのは明白であり、まずは1人1人に対処し、どこまでやれるかケースワークを積み上げ、より良い対処法を模索して行く…形になります

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