神戸弘陵高生徒殺し 控訴審は1日で結審
2010年10月の夜、神戸市北区の路上で堤将太さん(当時16歳)をナイフで刺殺し、殺人罪に問われている泉龍都被告(犯行時17歳)は1審で懲役18年の判決(求刑は懲役20年)を受けたのを不服とし、控訴していました
控訴審は大阪高裁で開かれ、1日で結審してます
泉被告側へ懲役18年が重すぎる量刑判断であると主張し、あれこれ減刑すべき理由を挙げたようですが、あらためて被告人質問もなく終わっています。これでは1審の判断をひっくり返せるはずがありません
(前略:一審判決までも経緯の説明)
その後、元少年は「刑はあまりに重すぎて不当だ」などとして控訴。
一審の神戸地裁では、事件当時の少年法で「無期刑相当の場合でも有期刑を科すことができ、その上限は15年」とする規定ではなく、「刑法の有期刑の上限20年」を根拠に量刑していて、元少年側は法令適用の誤りを指摘。さらに、改めて刑事責任能力の程度を争うとしています。
一審判決から1年10か月、控訴審が始まるのを前に、堤将太さんの父・敏さんは取材に応じ、「気持ちが前に進まないという時期もあった。逮捕された、それで一歩進めた、けれども、まだそこで止まっている。控訴審で僕も意見陳述するが、それが裁判官の耳に届いてくれたらいいなという思いです」と胸の内を明かしていました。
■控訴審に元少年は出廷せず… 遺族が意見陳述「3回死刑にされても許せない」
25日、大阪高裁で始まった控訴審で、元少年の被告は出廷しなかった中、敏さんが証言台に立ち意見陳述を行いました。
敏さんは終始はっきりとした口調で、「どれだけ痛かったか、苦しかったか、怖かったか、つらかったか、今考えても胸が詰まる思いです。被告人は何ともなかったかのように逃亡し続け、11年が経過してようやく逮捕されましたが、11年間すべてが犯罪だと思っている。1日1日罪を重ねたと思っている」と話しました。
その上で、「私たちの目の前で被告人が3回死刑にされても許せない。被告人が死んでも許せない。このような被告人に対して少年法の趣旨が妥当と言えるでしょうか。謝罪も一切受けていないし、これまでの主張や行動は息子の命の尊厳を踏みにじり、私たち遺族をあざわらうものだ」と苦しい胸の内を訴えました。
裁判は即日結審し、判決は6月20日に言い渡されます。
(読売テレビの記事から引用)
1審判決での量刑判断が誤っているという法律解釈上のテクニカルな問題を指摘していますが、懲役18年から大幅な減刑はないでしょう。また、泉被告側は犯行時「心神耗弱状態だった」とも主張し、1審公判前に行われた精神鑑定を踏まえて「刑事責任能力に問題はない」とした検察の判断を批判しています。そして泉被告側は2度目の精神鑑定を求めていたわけですが、実現したのかどうか明確な報道はありません
ただ、1審判決から控訴審まで随分と時間が経過していますので、2度目の精神鑑定を実施したとも考えられます
控訴審に2度目の精神鑑定結果(犯行当時は心神耗弱の可能性があったとする内容)が提出されたなら、鑑定医を法廷に呼んで検察側、弁護側からそれぞれ証人尋問があったはずですが、記事では触れていません
精神鑑定結果がどうであろうと最終的な判断は裁判官が下すのであり、2度目の精神鑑定結果を斟酌するかどうかは裁判官次第です
また、1審で泉被告は遺族側への謝罪はしておらず、「(息子を)殺害したとき、どんな気持ちだったのか」という父親堤敏さんの質問に対し「別に何も思わない」と答えています
殺人という犯罪への反省より、自分が殺人罪によって長期刑が科せられるのが納得できない…との心境だろうと推測されます
精神障害などではなく、人格の偏りのため裁判の場でもこうした言動が表に出てしまうのでしょう
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