福井中学生殺人再審決定の理由

昨日、名古屋高裁金沢支部において再審決定の判断が下された福井の女子中学生殺人事件について、2度目の言及です
1986年に起きた本件では、現場となった福井市の市営住宅に出入りしていた前川彰司さんに嫌疑がかけられ、懲役7年の有罪判決が確定しました。が、前川さんは殺害を否定し、再審を申し立てた結果、2度目の再審請求でようやく再審決定の判断を手にしたものです
前回はに事件の概要と1審、2審の判決を取り上げましたので、今回は再審決定となった判断の根拠、原判決の問題点に触れます


審理では「事件が起きた夜に服に血が付いた前川さんを見た」という複数の関係者が行った証言の信用性が最大の争点になり、検察は弁護団の求めを受けて当時の捜査報告書など合わせて287点の証拠を新たに開示していました。
23日の決定で、名古屋高裁金沢支部の山田耕司裁判長は開示された証拠などを踏まえ「主要な関係者の1人が、みずからの刑事事件について有利な量刑を得るなどの不当な利益を図るために、前川さんが犯人だとうその証言を行った」と指摘しました。
そのうえで「捜査に行き詰まった捜査機関がこの証言に頼り、ほかの関係者に証言を誘導するなどの不当な働きかけを行った疑いが払拭できない。証言の信用性を認めることは『疑わしきは被告人の利益に』の鉄則にもとることになり、正義にも反し許されない」と述べ、前川さんの再審を認めました。
この事件では、13年前にも裁判所が再審を認める決定を出しましたが、検察の異議申し立てを受けて取り消されていて、今回改めて再審を認める判断が示されました。
裁判所の決定のポイントは
【1 最初に証言した知人の信用性を否定】
決定では、「前川さんが事件の犯人だ」と最初に証言した知人について、「自分が捜査機関にとって有力な情報源であることをよく認識した上で、証言を取り引きの材料にしてみずからの刑事事件で刑を軽くしてもらうなどの利益を得ようとする態度が顕著だ」として、証言は信用できないと判断しました。
そして、この知人の証言は「無実の者を罪に陥れるような危険なものとみるべきで、えん罪防止の観点から客観的な証拠による裏付けのないかぎり、安易に乗りかかるべきではない」と述べた上で、「確定した判決は、この証言にはらむ危険性を無視していたとの批判を受けてもやむをえない」と厳しく指摘しました。
【2 ほかの関係者の信用性も否定】
また、決定では、ほかの関係者の証言についても検察から新たに開示された捜査資料などをもとに、「警察官の誘導や示唆に迎合した疑いがある」などとして、信用できないと判断しました。
そして「警察は捜査の行き詰まりもあって、当時、唯一の情報源だった知人の証言に頼り、ほかの関係者に対してこの証言を示唆するなどして誘導し、なりふりかまわず証言を得ようとしていた疑いが濃厚だ」と指摘しました。
【3 検察の対応を厳しく批判】
今回の審理で弁護団は、「服に血が付いた前川さんを目撃した」と証言した1人が、事件当日に見たと話していたテレビ番組のシーンについて、新たに開示された捜査報告書などから、実際には放送されていないことがわかったと主張していました。
これについて決定では、検察は当時の捜査で該当のシーンが放送されていない事実を把握したとみられるのに、裁判で明らかにしないまま放送されたことを前提に主張し、有罪判決の確定に至ったと指摘しました。
その上で、「公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正な行為といわざるをえず、適正な手続きを確保する観点から到底容認することはできない」と厳しく批判しました。
【4 結論“犯人とはいえず”】
こうしたことから、決定では「前川さんを犯人だと認めることはできない」と結論づけ、新たに開示された証拠などは「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」といえるとして、前川さんの再審を認めました。
(NHKの記事から引用)


上記の記事は目撃者証言に限ったものとなっています
これ以外に、自分が疑問視するのは使用された凶器についてです。被害者は全身を50箇所も刺され、なおかつ首も絞められて死亡という凄惨な状況でした。使用された凶器は自宅にあった2本の包丁、と特定しているのが2審の有罪判決です
ただ、検死の所見では刃幅が広い包丁による傷とは考えられない傷口が報告されており、包丁より刃幅の狭い鋭い刃物も併せて使用された可能性が考えられます。つまり包丁2本と別の刃物1本を使った犯行であり、別の刃物は現場から発見されておらず犯人が持ち去ったものと考えられます
前川さんは当時シンナーに耽溺し、責任能力に支障をきたすほどの危うい精神状態にあったと2審判決は認めています。そのような状態の犯人が何らかの幻覚に取り憑かれ(悪魔を殺せと命令されたなど)、錯乱の上、被害者の体を50箇所も刃物で刺す…というのは十分に考えられます。が、使用した凶器のうち、包丁2本だけを現場に残し、1本を持ち去るという分別のある行動ができたのかどうか?
また、現場から犯人のものと推測される指紋はまったく発見されていません。これも随分と不自然な状況です
現場からは前川さんの毛髪が2本見つかっており、これが殺害現場に前川さんがいたという判断の根拠です。しかし、指紋を残さず犯行が可能だったのか、謎です。となれば、犯人は手袋を使用していたのでしょう(犯行後、指紋を拭き取ってから現場を去った、とも考えられなくはありませんが、犯行現場は被害者の血が一面に広がっていたはずで、その中を歩き回って指紋を拭き取るなど不可能です。もし、血の中を歩き回れば足跡が残ってしまいます)。シンナーに耽溺していた前川さんに、そのような計画的犯行をなしたとは考えにくいのです
事件当時は防犯カメラなど設置されておらず、物証が乏しいのは理解できますが、捜査段階で重要な手がかりを見落としていたりしなかったのか、捜査のあり方が問われます

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