ジャニー喜多川の児童性愛は治療可能だったか?

ここのところ小児性愛の事件を取り上げる機会(教師によるわいせつ行為、学習塾講師による盗撮、父親による娘への性的暴行)が多く、その都度コメントは書いているものの、一度頭の中を整理したくなりましたので自分用のメモとして書きます
叩き台として利用するのは、プレジデントオンラインに掲載された、「もしジャニー喜多川を精神科に連れて行ったら…」と題する記事です。記事からの引用は赤字で、自分のコメントは黒字で表示します
そもそも、小児性愛(この場合、男児が対象でも同じものとして扱います)は最新の精神医学の診断基準では「パラフィリア障害」(性嗜好異常)という扱いになります
ただ、「パラフィリア障害」というのを精神科医、心理学者、精神分析その他で共通した概念として用いているわけでもなく、小児性愛とか性依存症といった表現を使っている精神科医もいます。ちなみに「ロリコン」は「ロリータ」と「コンプレックス」を繋げた和製英語であり、「ロリータ・コンプレックス」と会話の中で用いても外国では通じなかったりします


もしジャニー喜多川氏を精神科に連れて行っていたら…「小児性愛障害」の犯罪者は治療で改善するのか
ジャニー氏の嗜好は小児性愛(ペドフィリア)か
そもそも「性嗜好異常(パラフィリア)」とは、パラ=逸脱した、フィリア=性的や性愛、つまり限度をこえた性に対する嗜好しこう性を持つ人を総称した概念です。
小児性愛(ペドフィリア)は、性嗜好異常(パラフィリア)のひとつで、小学生以下の子供たちを対象にした性愛性を指します。また思春期前期(11歳から14歳)の子供を対象にした性愛性をヘベフィリア、思春期後期(15歳から19歳)の子供を対象にした性愛性をエフェボフィリアともいいます。
「調査報告書」によると、ジャニー喜多川氏(ジャニー氏)は8歳の子供から、多くは13~15歳の思春期の子供に危害を加えていますから、ペドフィリア、またはヘベフィリアに該当する人物であろうといえるでしょう。
私が初めてこのニュースを知ったときは、とても衝撃を受けました。加害行為を行う小児性愛障害を抱える人は現実に存在しますし、男児を含む子供の性被害も残念ながら毎年少なからぬ件数で起きています。また、そういった事件の経緯や発生率などの研究もありますが、この規模はやはり前代未聞でしょう。被害人数の多さゆえに、特殊さを感じました。

こどもの成長に応じペドフィリアとかへべフィリアなど名称がありますが、そこは日本社会の現状に合わせて小学生以下を対象とするもの、小学生を対象とするもの、中学生や高校生を対象とするものと理解すればよいのでしょう
ジャニー喜多川が自分の性的嗜好をどう理解していたのか、彼の日記などは表に出ていないので判りません。書き残したものがあったとしても焼却処分されたのでは?ただ、写真やビデオに撮られたとの被害報告を自分は見ていないので、児童ポルノを作成したり収集する嗜好はなかったのでしょう
そしてジャニー喜多川自身、自分がこども相手に危害を加えているとの認識は希薄で、罪の意識などなかったものと想像します。したがって、己の性癖を治療しようと思い立ったりしなかったと想像します。治療動機を欠いた人物に対しては、精神療法であれ認知行動療法であれ効果は期待できません

問題を発生させない「予防的な治療」、認知行動療法で可能性を低減
それではどうしようもないのか、放っておくしかないのか、というと、そういうわけでもありません。
自分の性嗜好ゆえに逸脱行動を働いたり行動を抑えたりすることに、本人が困っている、苦痛を感じている、生きづらさを感じているのであれば、そこには診断基準に基づいた診断名がありますし、「性嗜好異常(パラフィリア)ではあるけれど加害行為を抑制する」ことにアプローチする治療法があるのです。
つまり心身医学で用いられるような根本治療を目指すものではないけれど、問題を発生させないことを目指す「予防的な治療法(あるいは行動のコントロールを目指した介入法)」はあるということです。
再犯防止プログラムにも活用中の「認知行動療法」
予防的な治療法とは、いったいどういうものなのでしょうか。最も活用されているのが「認知行動療法」です。
認知行動療法とは、まずい結果につながりうる考え方や行動などを特定し、その認知や行動を修正したり避けたりする方法を考える、あるいはその方法を実行するためのソーシャルスキルをトレーニングするものです。性犯罪者の再犯防止プログラムにも用いられています。
とても単純化した例を挙げますと、たとえばイライラしているときに、インターネットでポルノ動画を見てムラムラする。スッキリしないまま混雑した電車に乗って女性を見つけて触ってしまう。ある性犯罪者にそういったパターンがあるとします。その場合はまず、どのような状況でイライラしてしまうのか分析することから始めます。
仕事がうまくいかなかったとか、同僚や上司に適切に相談ができなかったのならば、「人に相談するやり方を考えてみる」という方法もあるでしょう。イライラしたあとの対処法として、ポルノ動画を見るのが引き金となった可能性があるのなら、別のことをやってみるのも一つの方法です。スポーツやカラオケ、料理など、社会的に認められる対処法の中から自分に合うかどうかトライしてみるというやり方もあります。
いずれも自分の持つまずい行動パターンを特定したうえで、リスキーな場面を明確にし、それをどう回避するか、あるいはどう対処するかという練習をするというやり方です。

アメリカ精神医学会の指針でも、認知行動療法と薬物療法、あるいはその併用が挙げられています
認知行動療法については説明をしているWebサイトなど、数多く存在しますのでそちらを御覧ください。最近では企業の管理職向けにパワーハラスメント防止を目的とした「怒りを抑える訓練」など、多様なプログラムを提供しています
ただ、当ブログでも書いたように、小児性愛の根本的な原因、理由、由来を掘り下げずに治療効果があるのか、と自分は思っています

欧米ではどんな薬が治療に使われているのか
この予防的なアプローチの治療において、薬を用いるのか。これもよく聞かれますが、日本の現在の法制度の下では、パラフィリアの治療や性犯罪行為の抑止を目的とした薬の処方はできません。
一方、カナダやアメリカ、イギリスなど海外では既に実施されているところもあります。使用される代表的なものはSSRIという抗うつ薬です。SSRIの効果がみられないようなより深刻な場合は、抗うつ薬にプラスし、MPA(メドロキシプロゲステロン酢酸エステル)やCPA(酢酸シプロテロン)といったホルモン薬剤を、最重度のパラフィリアの人には、さらに黄体ホルモン放出作用剤(LHRHアゴニスト)が投与されます。
ただし治療に薬を使う国においても、使用する薬剤はばらつきがありますし、薬を使うべきか、使うべきではないか、有効性や副作用に関する見方など、いまなお専門家の意見はまとまっているわけではありません。

このプレジデントオンラインの記事では「日本で薬物療法が導入されていない」と書いています。が、これは間違いであり、インターネットで検索すると性依存症の治療としてSSRIを投与しているクリニックがあると分ります。また、認知行動療法と薬物療法を併用しているクリニックも見つかります。「性依存症は治療可能」と宣伝しているところもあり、それだけ自信を持っているか治療実績があるのでしょう
ただ、健康保険の対象ではないため自己負担での治療を受けることになりますし、継続して通院が必要です
ちなみに日本の刑務所ではどのような取り組みが実施されているのか、一般の方はご存知ないと思いますので資料を付けておきます。関心のある方は一度御覧ください。性犯罪者に対しどのような働きかけをするべきなのか、基本的な考え方や処遇プログラムが明かされています(86ページあります)

性犯罪者処遇プログラム研究会報告書

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