「立てこもり事件を繰り返す男の孤独」という記事

当ブログでは取り上げていなかった、2022年の埼玉県川越市のインターネットカフェ立てこもり事件について書きます
ヤフーと中京テレビの共同企画として、この事件の犯人、長久保浩二受刑者についての記事が掲載されています
長久保受刑者は過去、いくつもの事件を起こして服役した過去があります。さらに2012年11月に愛知県豊川市の信用金庫に人質を取って立てこもる事件を起こし、「野田首相の辞任」を要求しました。が、当然ながら野田首相は辞任せず、長久保受刑者は懲役9年の判決を受けて名古屋刑務所に服役しました。そして再び川越市のインターネットカフェ「快活CLUB」で人質たてこもり事件を起こしたものです
川越事件では検察が懲役17年を求刑したのに対し、弁護側は「反社会的パーソナリティ障害」である可能性を指摘して情状を求め、懲役11年が相当であると主張しています。反社会的パーソナリティ障害は人格障害に分類されるもので、精神障害ではありません。精神障害なら減刑の対象となりますが、人格障害についてはそのような扱いはしていません
判決は求刑通り、懲役17年が言い渡されています


立てこもり事件で逮捕、記者への手紙で更生誓うも再び「人質事件」 出所後の孤独
▼なぜ立てこもり事件を起こしたのか? 動機を知るために始めた犯人との文通
2012年11月22日。愛知県豊川市の信用金庫で、男が男女5人を人質にとり立てこもる事件が起きた。当時、警察担当だった記者も現場に駆けつけた。
事件発生から約13時間後。捜査員の突入によって人質は無事解放され、当時32歳の長久保浩二被告が現行犯逮捕された。
なぜ「人質立てこもり」という凶悪事件を起こしたのか。記者は当時、裁判を待つ長久保被告と面会を重ね、同時に文通も始めたのだが――
<長久保被告からの手紙(2013年)>
『先日は御多忙にも拘らず、面会の為だけに御足労頂きまして、誠に恐縮です』
『動機は、大きく言えば、国を変えたいという事です』
『今回、私は、事件を起こした事で社会に一石を投じる事が出来たのでしょうか』
手紙の中に謝罪や反省の言葉はなく、語られたのは身勝手な主張。自分が起こした事件の影響を気にするなど、やりとりを重ねるほど、長久保被告が何を考えているのか分からなくなった。
犯罪心理学に詳しい大学教授に手紙の分析を依頼すると「自分をよく見せようとする心理が表れている。劣等感やコンプレックスが根強くあるのかもしれない」という。
裁判では「犯行動機は身勝手極まりなく、悪質」などとして、懲役9年が言い渡されたが、最後まで謝罪の言葉は無かった。
その後、名古屋刑務所で服役した長久保被告。事件の記憶が世間から薄れていくと同時に、記者との手紙も途絶えていた。
しかし、裁判から5年後。突然、刑務所から記者のもとに手紙が届いた――
<長久保被告からの手紙(2018年)>
『孤独のまま社会を恨んで憎んで復讐を目的として出所することだって可能でした。しかし、いろいろな出会いとつながりを通して更生しようと決めました』
正直なところ、記者の心の中には「もう関係ない」という思いもあった。更生への決意が綴られていたこともあり、返事は書かなかった。
(中略)
<長久保被告からの手紙(2022年)>
『現在の自分を言葉で表わすとすれば、ずる賢い動物とでも言いましょうか…。理性から乖離した知性によって本能と自らの欲求を充足することを目論んだ怪物…なのかもしれません』
『刑務所は監視、管理されているが故に孤独を感じ難い所なのです。一方、社会は、誰も人のことを気に掛けている余裕なんてないのが現実です』
丁寧な筆跡は変わらなかったが、そこには相変わらず身勝手な言葉が並んでいた。出所後の社会で孤独を感じ、再び事件を起こしたのだという。
埼玉の事件の裁判を控えた長久保被告と面会するため、去年11月、さいたま拘置支所を訪ねた。事件当日とは違い落ち着きはらった様子の長久保被告は「更生しようみたいな真っすぐな気持ちっていうのは、正直、疑わしいんですよね」と淡々と話した。
「更生」の文字を綴った5年前、記者から手紙の返事がなかったとき、長久保被告はどう思ったのだろうか。
「またひとりになったんだなっていう感じですよね。やっぱり返ってこないと不安になるんですよ」
手紙を返さなかったことも、長久保被告が感じた“孤独”の一部になったのだろうか。話を聞いた記者は、少し後ろめたい気持ちになった。
(以下、略)


長久保受刑者の孤独
記事の大意は受刑者が社会復帰後、孤立することのないよう受け入れる大切さを主張しているのでしょう
ただ、その前に長久保受刑者がどのような人物か、よくよく考察する必要があります。繰り返し書いていますが、記者たちが拘置所の被告と面会したり、手紙をやりとりしたからといって被告の人物像を理解できたわけではなく、漠然とした印象を語っているにすぎません
まず、長久保受刑者は豊川信用金庫事件の際、さまざまなメディア宛に手紙を出しており、複数人の記者たちと面会しています。記者たちにすれば世間の注目を集めた事件ですから、長久保被告から何か重要なネタを引き出せるかもしれないと思ったわけです
しかし、長久保被告は自分を売り込み、高く評価してもらおうとする欲求を抱いているだけで、特に思想的な背景があったわけではありません。金銭目的の強盗ではなく、ただ見せかけの政治的な主張を掲げ、世の中を憂う国士か何かになったつもりだったのでしょう。
当時の手紙には「私の原動力、それは、国への不信と不満、これに尽きます」、「人質の殺害についても、その為の覚悟はありました」、「純粋に国の将来を考えての行動なのに、自暴自棄と言われるのは心外なんです」などと書いていたのですが、彼の見せかけはバレてしまい、単なる犯罪者という扱いでしかなくなったと推測されます。同時に記者たちは彼への興味を失い、返事も書かなくなったのは当然の成り行きです
長久保受刑者が再犯に至ったのは「自分が認めてもらえない不満」が背景にあったのでしょう
文春オンラインの記事では、長久保受刑者が名古屋刑務所服役中、縫製工場で総班長という立場にあり、工場担当からも一目置く存在だったと語られています。これは刑務所でしばしば見かける光景です。社会では仕事が続かず、対人関係も下手で衝突ばかり繰り返す人物が、刑務所の中では生き生きと活躍し、リーダー的な存在になる…というものです
何かと制約が多く不自由な刑務所の中で、生き生きと振る舞える人間というのはそう多くはありません。長久保受刑者は飲み込みが早く、打てば響くように工場担当の刑務官の指示に従い、テキパキと行動できたのでしょう。元々、それだけの高い能力の持ち主だったと考えられます。であるからこそ、周囲から認められたいとの欲求の人一倍強かったのかもしれません
ただ、長久保受刑者の能力も刑務所の中では発揮されたものの、実社会では他人を容易に認めようとしない風潮があり(職場は競争の場でもあります)、適応が難しかったのでしょう
再犯防止と自己変容
この事件を取り上げている別のメディアの記事も、「再犯を防止するためには、服役中のしっかりとした教育、そして出所後すぐに仕事に就くなど、社会復帰ができるシステムを構築することが必要だ」と指摘しています。一見、もっともな指摘と受け取る方もいるのでしょう
が、問題の根幹の1つは「社会が長久保受刑者をどう受け入れるか」ではなく、「長久保受刑者が社会をどう受け入れるか」です。反社会的パーソナリティ障害と推測されるからには、「自分が受け入れられないのは社会が悪いから」と決めつけ、己を顧みようとはしない傾向が顕著な人物と考えられます。長久保受刑者が周囲と折り合いをつける仕方を学び、自身の言動をコントロールしなければまた同じ犯行を繰り返すはずです
受刑者の出所後の支援が重要であるのは言うまでもないのですが、本人に「自分を変える」、「自分の生き方を変える」という強い意志がないと支援も無駄になってしまいます。ただ、刑務所は決して洗脳を目的とした施設ではありませんし、人の心の中に手を突っ込んで人格を変える、などという真似はできません

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