「紅の豚」中国公開 不景気が実感されるレビュー
宮崎駿監督の劇場版アニメ「紅の豚」は1992年公開の作品ですが、昨年になってようやく中国で劇場公開されました。中国での公開が送れた理由・事情はよく判りません。主人公ポルコ・ロッソはイタリアのファシスト党には批判的な立場ですから、政治的な理由で公開が遅れたとは考えられないのですが
さてレコードチャイナなど、中国事情を紹介するメディアが「紅の豚」を観た現地の人達の感想など紹介する記事をいくつも挙げていますので、その中から1つ紹介します
中国のSNS・微博(ウェイボー)で1375万のフォロワーを持ち、2020年には「微博10大影響力情感大V(認証アカウント)」にも選ばれた笙南さんはこのほど同作の私の評価は「星5」(5点満点)だと投稿。「宮崎監督がつくるファンタジーの世界は、この世界で勇気を失った者、残酷な現実と戦う者の魂を慰めてくれる」と評した。
そして、同作に登場するジーナの「3年待ったわ。もう涙も枯れちゃった」とのセリフを引用し、「過ぎ去ったこの3年はどれほど大変だったか。全ての人が経験したことだ。大規模なリストラや株価の下落が若者を打ちのめし、私たちはもう努力すれば報われるということを信じられなくなり、未来に期待しなくなった」と言及。「生きることは大変だが、楽しむことはもっと大変。『紅の豚』は私たちに、『楽しむ人になれなければ、自由な豚になればいい。自由を手に入れれば心からの楽しみを手に入れられる』ということを伝えている」と評した。
また、「作中で(主人公の)ポルコが最も不自由だった時は彼が最も不幸だった時でもある。そうでなければ彼も豚にはならず、豚の姿で喜んで生活しようとは思わなかった。『紅の豚』になった彼の生活はほとんどが自由に満ちており、空を飛ぶことの楽しさと理想を実行する自由感にあふれていた」と表現、「ポルコが空を飛んでいる時に親指を立てて笑うシーンが忘れられない。この瞬間、私は真の自由に心打たれた」と述べた。
さらに、「現実に戻ってみれば、今ほど人であることの難しさを感じたことはなかっただろう。病気になれず、仕事を辞める勇気もなく、自分であり続けることもできない。ポルコの勇気や自由、現実生活への反発と、すべてに対しておおらかな様子がうらやましい」とし、「パイロットである彼は、図らずもすべての労働者の現状を映し出している。豚になった彼は自由に、スマートに、欲するものを追求し進み続ける」とした。
そして最後に、「楽しむ人になれなければ自由な豚になればいい。長い道のりを歩いたとしても、なぜ出発したかを忘れてはいけない。『紅の豚』を見る過程で観客一人ひとりが癒され、自分を見つけられると信じている。宮崎監督は全ての観客に夢を見る権利を与えてくれた。飛ぼう。飛び立てれば希望はある。ポルコは今きっと秘密基地で風に吹かれているか、あるいは赤い飛行艇で大空を跳び回っているに違いない」とつづった。
中国のネットユーザーからは「意義深い作品で、初めて見た時から心に残っている」「宮崎駿監督の作品は癒しにあふれている」「『3年待って涙も枯れた』は本当に胸に来るセリフだよ」「一人になることの悩みが多すぎるんだよな」「この話は真実をとらえていると思う。私たち一人ひとりが可能な限り楽しめるようになるといいな」「この作品は本当に素晴らしい。改めて自由へのあこがれを持たせてくれる」「本当に大好きな作品。いくつものセリフが心の琴線に触れる」「飛べば希望があると信じたい」といったコメントが寄せられている。
(レコードチャイナの記事から引用)
このレビューを紹介したのは、中国の閉塞感(不動産バブル崩壊、株価の値下がり、若者の就職難など)を如実に反映しているからです
日本は失われた20年などと言われますが、このレビューほど閉塞感を抱いたり自虐的になったりはしなかったのではないか、と思います。もちろん、1人1人の生活が反映されるところの実感はさまざまでしょうが
ただ、レビューを読む限り、2020年以前の活力と自信に溢れ天下を取ったかのような中国人の「鼻息の荒さ」は微塵もなく、「ああ、本当に不景気なんだ」と伝わってきます
なので、2020年以前に「紅の豚」が公開されていたなら、別の感想が聞かれたはずです。ポルコ・ロッソが孤島でひっそり暮らす様を嘲笑し、揶揄し、「主人公の気持ちが理解できない」とか、「時流に乗り遅れた敗残者の物語で、とても共感などできない」と切り捨てていたのかもしれません。「せっかく飛行機を所有しているのだから、密輸でも何でもやって稼げばよいのに。怠惰な豚で満足しているなんて信じられない」と言い出す人もいたでしょう。あるいはジーナについても、「死んでしまった男を3年も待つなんて、なんて愚かな女なのか。自分なら容姿を活かして、さっさと金持ちの男と再婚する」とあげつらったりしたでしょう
ある意味、中国の不動産バブル崩壊後に「紅の豚」が公開されたのは正解だったのかもしれません
作品自体は何も変わっていないのに、観る人たちの生活状況によってレビューが変化します。「作品の価値は不変だ」などと表現する人もいますが、実はその時代によって作品の評価はコロコロ変わるものです
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