ビリー・ミリガンと多重人格の話(1)

多重人格、二重人格好きの日本
日本のテレビドラマは二重人格、多重人格が好きで、サスペンス物などにしばしば登場します。被害者と思われていた女性が実は冷酷な連続殺人犯だった、などなどのストーリーです
そしてインターネットのニュースサイトのコメント欄にも、「容疑者が多重人格なら裁判でも無罪になるだろう」といった書き込みが登場します
あらためて考えると、解離性同一性障害(いわゆる多重人格)で無罪判決が下されるような実例を自分は知りません。探せば過去の判例の中に見つかるのかもしれません。が、日本の司法制度では起訴前に検察が精神鑑定を実施し、統合失調症や解離性同一性障害などの障害の存在が発覚した場合、公判で有罪に持ち込めないほど重篤だと判断されたケースは不起訴とされます。さらに不起訴の事情・理由は公表されないので不明なままです
このため、日本では解離性同一性障害を理由に被告を無罪とする判例が登場しにくいと考えられます。また、日本の精神理療の現場では解離性同一性障害との診断を下すのに慎重であり、診断基準に照らして厳密に判断しようとするため診断例も少ないのではないかと推測します
ところで、この「多重人格だから裁判で無罪」との考えがどこから来ているのか、推測するにダニエル・キイス著「24人のビリー・ミリガン」(ハヤカワ文庫)の影響もあると思われます
年間ベストセラーランキングで1位になるほど反響の大きかった本ですから、この本を読んで多重人格障害とはこういうもの、と理解した人が多かったのでしょう
「24人のビリー・ミリガン」の功罪
自分はこの「24人のビリー・ミリガン」は未読なので、内容については批評する情報は持ちません。ただ、ブックレビューに目を通すと、ほとんどの読者がこの本を「事実」を記したドキュメンタリーのように受け止めているのが分かり、ちょっと意外な気がします
ビリー・ミリガンは実在した解離性同一性障害者であり、連続強姦強盗事件の犯人です。ダニエル・キースはビリーの語る話を聞き取り、本にまとめたのですが、当然そこにはキースの視点が加わっており、キースによる改変や誇張が含まれるとの前提で読まなければなりません。が、読者はキースとビリーを混同してしまい、キースによって語られるこのストーリーをビリー・ミリガンの実話だと信じて疑わないようです
この手の本を読む時は決して実話などと思わず、著者による創作作品として受け止める必要があります
ブックレビューの1つを引用します

幼児期の義父による性的虐待によって、精神が分断され一つの体に24の人格が存在することになったビリー・ミリガンのノンフィクション。ビリーは最初、自身が多重人格者だとは気づいておらず、「時間が失われる」と思っている。そのせいで思い悩み自殺を繰り返すようになり、他の人格が彼(強いては自分)を守るためにビリーを長い眠りに落とすが、一つの体に多数の人格が存在するため意思は統制されておらず、ついに人格の一人が犯罪を犯してしまう。それによって初めて彼が多重人格障害であったことが明るみに出ることに……。
大まかな流れとしては、最初は多重人格であるがゆえに苦痛に対する耐性が極端に低く脆弱だったビリーが、様々な人や人格の協力によって少しづつ精神的に成長していく様が描かれており、いつのまにかビリーを応援したくなってしまう。基本的には暗い話なのかもしれないが、それぞれの人格の個性がおもしろく、ついついそのユーモアに笑みをこぼしてしまうこともしばしば。また今までよく知られていなかった多重人格者の人格交代の方法を「スポット」という新しい概念によって説明されているのも非常に興味深い。なにより一人の人間から生み出された24の人格の多様性には驚きを禁じえない。まさに「脳の神秘」であろう。
まだ上巻しか読んでいないが、続きが気になって仕方がない。はたしてビリーは24の人格を統合し、「1人のビリー・ミリガン」に戻ることが出来るのだろうか。『アルジャーノンに花束を』に続くダニエル・キースの傑作と言って差し支えない出来、おもしろい。

2002年に寄せられたレビューです。もちろん、読者は精神医学の専門家ではないので、この本を読めば「多重人格障害はこうしたものだ」と刷り込まれてしまいます。ただ、解離性同一性障害についてはその後研究が進められており、ビリー・ミリガンの症例が典型的なものとは必ずしも言い切れない実態があります
発達障害と解離性障害が併合している症例や、統合失調症と解離性障害が併合している症例など海外では報告されており、やがてはこれらを包括する新たな障害の概念が提唱されるのかもしれません。自分もブログを書く都合上、情報のアップデートには務めているつもりですが、なかなか追いつかないのが実際です
ただ、上記のレビューにもあるように、「24人のビリー・ミリガン」を読んだ人は「多重人格障害とはこうしたもの」と受け止め、情報のアップデートがされない場合がほとんどでしょう。ドラマなどで多重人格の存在を知った人も同様です。ゆえに、殺人事件で逮捕された容疑者が「自分は多重人格であり、別の人格が犯行をした。だから無罪だ」と主張するケースが見られたりします
解離性同一性障害でも有罪にする裁判
いかに容疑者が多重人格を主張しても、精神鑑定ではこれが否定される場合がほとんど、と思われます(統計的な裏付けはなく、自分の憶測です)。先述のとおり、解離性同一性障害と診断を下すのに慎重な精神科医が多く、特に精神鑑定という司法判断に直結する場合、より慎重にならざるを得ないためです
また、解離性同一性障害だと認めても、それで無罪判決が出ないのが日本の裁判です
直近の例では、大阪での殺人事件で解離性同一性障害とする精神鑑定結果が出たものの、有罪判決を下した判例があります。下記の「関連記事」に当ブログの過去記事を貼ってありますので、関心のある方は一読願います
また、2017年の産経新聞の記事もまだWeb上に残っていますので、参考にしてください

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(関連記事)
ビリー・ミリガンと多重人格の話(2)
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