古谷経衡の「シニアはなぜ陰謀論にはまる?」を読む
評論家の古谷経衡が中央公論に「日本のシニアは、なぜ陰謀論にハマってしまうのか?」との考察を寄稿していますので取り上げます
身近なところでは、離れて暮らす親御さんの元へ帰省したら「コロナは◯◯の陰謀」とする陰謀論にはまっていて驚いた、と伝える報道が話題となり、あるいは年老いた父親がネット右翼になってしたと報じる記事、著作が話題になったりしています。いずれも中高年者たちが陰謀論にはまってしまうと問題視ししており、単にリテラシー不足で片付けられるものではありません
古谷はこうした問題を取り上げ、アメリカの「Qアノン」と日本の「神真都Q」を比較するなど考察しています
ただ、古谷が直接「神真都Q」のメンバーやその周辺を取材した上で書いているのか明確にされておらず、ネットに流布されている情報を切り貼りしてまとめただけではないのか、との疑念が残ります
古谷経衡 日本のシニアは、なぜ陰謀論にハマってしまうのか?
QアノンとJアノン
2022年4月、「神真都(やまと)Q」という団体が渋谷にある新型コロナワクチン接種会場に乱入し、同業務を妨害したとして警視庁公安部にメンバー5名が逮捕された。逮捕されたのは「神真都Q」の代表で当時43歳、他の4名は41~64歳の男女、つまりシニア(本稿では50歳以上とする)を多分に含んでいた。
彼ら「神真都Q」は、日本版Qアノン、つまりJアノンと呼ばれる集団である。QアノンとJアノンの主張の根幹であるDS(ディープ・ステート。世界を操る闇の政府)とはいったい何かをおさらいしよう。
DSは元来、ホワイトハウスも制御することが難しいワシントンの硬直した官僚機構を指すとされる。かつて「軍産複合体」という言葉があったが、DS概念はこれに陰謀論が混ざる。現在、DSとは、トランプ前大統領に敵対するリベラル政治家や報道機関──特にヒラリー・クリントンやCNNなどのメディア──を指す言葉になり、さらに悪魔崇拝や児童売春など、キリスト教世界でのタブーを付加され、それに深く関与する「悪の権力者たち」を指す代名詞に変化した。
トランプの再選をかけた2020年秋の米大統領選挙の直前に、この概念が我が国に「輸入」された。その信奉者が、いわゆる日本版Qアノン、つまり「J(Japanese)アノン」と呼ばれる人々である。
我が国のキリスト教徒は全成人人口の約1%未満とされ、キリスト教世界のタブーがイコール日本社会の禁忌になっているわけではない。よってJアノンは、この部分を換骨奪胎し、独自の日本型陰謀論を展開するに至った。その主力はDSに加えて「ワクチン陰謀論」である。曰く、「新型コロナワクチンは、ビル・ゲイツを筆頭とするユダヤ系を中心とした国際金融資本の人口削減を目的とした計画である」。ここでいう国際金融資本が、かつての「軍産複合体」の置き換えになる。
(中略)
Jアノンの主力はなぜシニアか
(中略)
Jアノンの主力が若者ではなくシニアであり、それは我が国固有の奇異な現象であると書いたが、我が国の陰謀論者にシニアが多いのは、次のような背景がある。かつて陰謀論は、月刊誌や書籍など活字媒体の中で展開された。ユダヤ陰謀論や世界滅亡を扱ってベストセラーになった本や雑誌は、1970年代のオカルトブームの時代に隆盛を見た。だがこの時の読者は「面白半分」で手に取る者も多く、本当に陰謀論に傾倒していたわけではない。
後述するネット右翼などに代表されるヘイト問題にも共通するが、現在、かれらの「陰謀論への門戸」つまり入り口は書籍ではなくインターネット、とりわけYouTubeを筆頭とする動画情報である。「神真都Q」の会員は会報や書籍を共有しているわけではない。彼らの情報源はYouTubeやYouTubeライブであり、動画を見て会員になり、それが地域支部となって全国に広がっている。なぜシニアは、YouTubeで展開される陰謀論を信じるのか。
(中略)
加えてYouTubeは「再生時間の調整」が可能である。倍速機能だ。この機能は、YouTubeが日本に上陸した初期には存在しなかった。『映画を早送りで観る人たち』(稲田豊史著)は大きな話題になった。この倍速機能を利用するのは若者だけと思われがちだが、そんなことはない。シニアにも「普及」している視聴形態なのである。私の母親は70歳に近いが、2時間の映画や番組を見るのがもう耐えられない。じっと座って何かを見たり、考えたりするということが難しい。そこに陰謀論が付け込むもうひとつの背景がある。
結論先取り
You Tubeを早送りで視聴するのが最近の若者世代の特徴、とたびたび報道されています。が、中高年者も早送りで視聴しているのでしょうか?
また、早送り視聴がそのまま「神真都Q」の陰謀論と結びついているのかどうか検証したようには思えません(言及がない)
冒頭で述べたように古谷は「神真都Q」を取材してもおらず、そのメンバーの話も聞いておらず、報道やインターネットで「神真都Q]に言及されている情報だけをベースに考察を展開しているように思えます
もちろん、上記の記事は抜粋にすぎず「中央公論」掲載の本文ではさまざまなデータが公開されているのかもしれませんが
考察としての踏み込みもいまいち、という気がします
長々とインターネットの普及からYou Tubeの登場や早送り再生機能に言及しているのですが、要は「早く結論はほしい」との欲求が行動に反映している、という点が重要なのでしょう
長大な専門書を読んだりするのが苦痛だったり、苦手とする人は前提などすっ飛ばして結論が書かれている「新書」や「入門書」を手にします
ただ、陰謀論がただちにそうだと決めつけられるかどうか、よくよく検討する必要があります
統一教会の教義など「陰謀論」と決めつけてもおかしくない内容なのですが、その終末思想や救世主待望論など織り交ぜたストーリーは長々とした教義の中に散りばめられています。単純な結論だけでは信仰の対象となり得ず、もっともらしさとか神秘的な色彩を付与するため、長々とした教義が必要なのです。そして教会でも長々とした説法が展開されます。結論を20秒以内に伝達するような説法ではダメなのです
陰謀集団としてしばしば登場するフリーメーソンの教義も似たようなものです。結論がいきなり提示されたりはせず、1段1段とフリーメーソン会員として位階を上がるごとにその教義や秘儀の1部が開示される仕組みです
なので位階を上がるため継続して信仰を捧げ、忠誠を示し続ける必要が生じます。それこそカルト的な宗教団体を宗教らしく見せる仕掛けです
以上の点だけでも、古典的な陰謀論と現在の陰謀論の間に大きな違いが見て取れるのであり、単純に同じものと決めつけるのは大間違いでしょう
認識論
もう1点指摘しておきたいのは、古谷の考察で認識論という視点が欠けているところです
近代哲学を学んだ人なら、「近代哲学は自分の認識を疑うところから出発した」と理解しているはずです。しかし、陰謀論は「他人からの受け売りで覆い尽くされて全面的に信じる所から始まっている」と分かるはずです
自らの認識を疑い、どこまで疑っても、疑っている自分というものは否定できない⇒「我思う、ゆえに我あり」というデカルトの到達点が近代哲学の出発点です
ところが陰謀論では因果関係など含む「世界観」がまるごと提供され、「これが世界の真実だ」とすりこまれます。あれこれ考えるまでもなく、その瞬間から「世界の真実を知った者」になれるのであり、覚醒した者として無知な大衆の一段上に立てるわけです。この覚醒者としての快感・優越感こそ、陰謀論を手放せなくなる所以だろうと考えます
鹿児島大学法文学部人文学科の大薗博記准教授による陰謀論信念に関する論文「陰謀論信念に影響を与える個人要因に対する熟慮的思考の調整機能の検討」がプレプリントとして公開されていますので、興味のある方は一読願います
陰謀論信念に影響を与える個人要因に対する熟慮的思考の調整機能の検討
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