立川ホテル殺人を考える 加藤被告初公判

2021年6月、立川市内のホテルにいわゆるホテトル嬢を呼び刃物で刺して殺害した上、送迎役の男性従業員にも切りつけ重傷を負わせたとして加藤聖哉被告(当時19歳)が逮捕されていました
その後、2年あまり報道もなかったのですが、先日東京地裁立川支部で初公判が開かれたと報じられています
逮捕から2年以上経て初公判に至ったのは、加藤被告の精神状態に問題があったからのようです。弁護人は「加藤被告には責任能力がない(心神喪失にあたる)」として無罪を主張しました


東京都立川市のホテルで2021年6月、派遣型風俗店で働く男女2人を殺傷したなどとして、殺人や殺人未遂などの罪に問われた当時19歳だった無職の男の被告(21)の裁判員裁判は7日、東京地裁立川支部で初公判が開かれた。弁護側は「責任能力がない」として、無罪を主張した。
起訴状などによると、被告は6月1日、ホテル客室で接客中の女性(当時31)を刃物で刺して殺害。直後に近くの廊下で20代男性の腹部を刺し、全治3カ月の重傷を負わせたとされる。
■「責任能力」が争点に
検察側は初公判の冒頭陳述で、自殺願望を抱いた被告が、以前風俗店でサービスを受けたことのあった女性を巻き込もうと考え、犯行に及んだと指摘。自閉スペクトラム症(ASD)を患っているものの、「影響は限定的で完全責任能力がある」と主張した。
一方、弁護側は冒頭陳述で、被告は幼少期からASDに対する支援を受けられずに育ったと説明。「タイムリープしてやり直せる」という考えを抱くなど、犯行は「ASDの圧倒的な影響を受けた」と述べ、責任能力がなく無罪だと訴えた。
初公判で被告は「5Gの世界につながった」「南海トラフ地震」などとつじつまの合わない発言を繰り返した。審理は一時中断し、その後、退廷を命じられた。
(朝日新聞の記事から引用)


いわゆる自閉スペクトラム症(少し前までは発達障害とか、広汎性発達障害と表現される機会の方が多かったと思います)だとして、精神障害と同等に刑事責任能力が失われたものと決めてかかるのはどうか、という気がします。ただ、個人によってその症状や心身への影響度は異なるため、一概に決めつけるのは危険です
さて、検察側も精神鑑定を実施した上で起訴しており、刑事責任能力は失われていなかったと判断しています。冒頭陳述で「元少年は自閉スペクトラム症だったが障害の影響は限定的で責任能力はあった。人生がうまくいかず好意を抱いていた女性を殺害して自殺しようと考えた。凶器の包丁に高い殺傷能力があることは認識していた」と主張しました
他方で、弁護側も再度の精神鑑定を求めたのか、専門家の意見を聴取するなどしたのでしょう。心神喪失にあたるもの判断し、無罪を主張しています
自閉スペクトラム症に話を戻すと、顕著な妄想、思い込み、それによる認知の歪みによって殺人事件に至るケースは少なからずあり、刑事裁判でもさまざまな判例が出ています

大阪高裁判決(2009年3月)では「当時の被告人が、アスペルガー障害の患者としては極めてまれな程度の著しい幻覚妄想等の精神病様症状(心因性ないし反応性の精神病水準の幻覚妄想状態)に陥っていたなどとする当審鑑定人作成の鑑定書及び同人の当審証人尋問の結果の指摘をも考慮に入れて、被告人の認識内容や主観面を再検討すると、本件各犯行当時被告人は、アスペルガー症候群と著しい幻覚妄想等の精神病様症状の影響により、自己の行為の是非善悪を区別し、これに従って行動する能力が著しく減退した心神耗弱の状態にあった。」と判断し、懲役
18年の1審判決を破棄して懲役15年を言い渡しています

大阪高裁判決(2013年2月)では、「本件の経緯や動機形成過程へのアスペルガー障害の影響の点は本件犯行の実体を理解する上で不可欠な要素であり、犯罪行為に対する責任非難の程度に影響するものとして、犯情を評価する上で相当程度考慮されるべき事情と認められる。そうすると、原判決が本件犯行に関するアスペルガー障害の影響を量刑上大きく考慮することは相当ではなく、本件の犯情評価として、被告人に対しては長期の服役が必要不可欠であると説示し、本件が殺人罪の中でも特に重い類型に属すると評価している点は、本件犯行の実体を適切に把握せず、被告人の責任非難をその限度で減少する方向に働く重要な量刑事情の評価を誤ったものといわざるを得ない」と判断し、懲役20年の1審判決を破棄して懲役14年を言い渡しています

上記の判例からは自閉スペクトラム症の影響を軽視せず、きちんと考慮した上で量刑を判断すべきという高等裁判所のスタンスが見て取れます。となれば、本件の検察側の冒頭陳述は、自閉スペクトラム症の影響を軽視する旧来の見識の上に立っており、危うい気もします
今後、精神鑑定の結果を巡って法廷でのやりとりがあるはずで、加藤被告の抱える症状がどの程度のものか明らかにされるでしょう
ただし、自閉スペクトラム症が認められるから減刑しろ、という話ではなく、自己の行動を制御するのが不可能なほど幻覚や思い込み、認知の歪みを生じていたかどうか、が問題です

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