インドネシア女子留学生殺害 心中を装う男の心理
インドネシアから留学してきた女子学生を殺害した梶村圭一郎は、本件以前にも女性を心中を図り自分だけ生き延びています。女性を絞殺した後に大量に睡眠薬を服用し、消防に「自殺する」と電話をしており、実は助けてもらう気満々だったのではないか、との疑いが生じます
このように心中を偽装して(と、あくまで心中を偽装したものとして話を進めます)、梶村容疑者は何がしたいのか、どのような心理状態なのかを考えてみましょう
まず、作家の太宰治を引き合いに出します。当然ながら梶村容疑者と太宰治は別個の人間ですから、共通項をいくつか並べて「同じ事件だ」などと決めつけるのは愚かな行為です
ですが、考える上での手がかりにはなります
Wikipediaに「太宰治と自殺」の項目があり、太宰治がどのような精神状態で自殺・心中を繰り返したのか、各専門家の考察が並んでいます
文章に手を加えて、並べてみます
精神病質者(サイコパス)説
中野嘉一は太宰に精神病質者(サイコパス)の診断を下している。中野は薬物中毒のベースには精神病質があると考えたのである。この診断を受けて精神科医の宮城音弥は、「創造性は社会性的適応性と逆相関していて、天才は社会的適応性を犠牲にして創造的活動をおこなうもの」であるとして、太宰治天才説を提唱した
大原健士郎は、太宰の繰り返される自殺企図とその自殺企図を繰り返し小説の題材としていることを指して、「太宰は自殺体質とも呼べる精神病質者」との見解を引用した上で、太宰のように自殺をするために生きているかの印象を与える精神病質者は時に見ることが出来るとしている。その上で太宰は自己不確実性人格であり、自己不確実性のゆえに抑うつ感、無力感、依存性が高いため、薬物に依存して自殺企図を繰り返すことになったとし、自殺傾向が強い上に女性への依存傾向も高いため、自殺企図の中でも心中を複数回起こすことに繋がったと分析している。また無力感にさいなまれる自己不確実性人格でありながら、強い自己顕示欲があったため、言動や作品中に多くの虚言、矛盾が見られることになったとしている。
統合失調症説
島崎敏樹らは、太宰作品に相反する人格傾向の併存が見られ、また色彩感が乏しく、妄想や幻覚体験によるものと思われる記述も見られることから、統合失調症圏ではないかとの説を唱えている。この説では分裂した精神世界を抱えた太宰は道化を演じつつも、外界との緊張関係が解消されることはなく、薬物依存や度重なる自殺企図は現実からの逃避の表れであると見なしている。
境界性パーソナリティ障害説
福島章、町沢静夫は、自殺企図など精神障害の診断と統計マニュアルDSM-IIIの境界性パーソナリティ障害の診断基準を満たすと主張
精神科医の米倉育男は、太宰には愛憎のアンビバレント的傾向が強いことに着目し、他者との感情的コミュニケーション不全があり、これは境界性パーソナリティ障害の特性であるとする。太宰は仮面を被り、道化を演じることで見せかけの適応を行って人間関係を糊塗し、弱い自己を防衛していたが、その結果として偽りの自己と本当の自己という相矛盾する二つの自己像を抱え込むことになったと見なしている。太宰にとって小説とは偽りの自己を表現することによって本当の自己を守る役割を果たしており、現実との葛藤の中で弱い自己の障壁が崩壊の危機に晒されると、薬物依存や度重なる自殺企図という形での行動化が起きたと分析している
なお、福島章は太宰が境界性パーソナリティ障害とともに、症状的には解離性障害を起こしており、一般には虚言癖と見られる言動や度重なる自殺未遂などの自己破壊的行為は解離性障害の症状であり、その要因としては幼児期の虐待があったと推測している。
自己愛性パーソナリティ障害説
作田明は精神障害の診断と統計マニュアルDSM-IVの自己愛性パーソナリティ障害の診断基準を満たし、境界性パーソナリティ障害よりは人格の統合状態は良かったのではと考えた。
さて、いくつも仮説が並んでいるのですが、実際に太宰治を診断したのは、1936年に太宰が自殺未遂を起こして東京武蔵野病院入院した時、主治医となった中野嘉一だけです。上記のように精神病質(サイコパス)との診断を下しています
ただ、当時はまだDSM-Ⅲのような診断基準がない時代で、中野の診断がどのような基準でされたのか、議論の余地があります
自分が注目するのは福島章の指摘で、自殺や心中という自己破壊的行為の要因に幼児期の虐待を挙げているところです
太宰治は青森県の裕福な家、津島家に生まれ11人もの兄弟姉妹がいました。父親が外で政治家として活動しており、母親は家の切り盛り(300人もの小作人を抱えた大地主でもあった)に忙しいため子育てに直接関わらず、子守として雇われた女が子どもたちの世話をしています。なので、両親はこどもたちへの関心が薄く、ネグレクトの状態にあったものと推測されます
幼少期の体験がその後の人生を左右するかどうかについては議論もありますが、人格形成に及ぼす影響があるとの見解を否定する人はいないでしょう
小児科の医師が太宰治の虐待体験と作品との関係について書いたWebサイトがありますので、関心のある方は一読ください
太宰治の作品に見られる虐待の影
話を梶村圭一郎に戻します
上記の仮説からすれば、梶村圭一郎も精神病質(サイコパス)に分類できるのかもしれません。自傷を繰り返すような、病的な破壊衝動があるとは思えず、心中を偽装する計算高くて冷徹さが感じられます。それに心中という形を演出するだけで、女性を心から愛してなどおらず、純愛を貫こうとする一途さも誠実さもない人物、のように映ります
ただ、サイコパスだと決めつけるだけでは足りないのであり、そのような資質が形成されるに至った過程が重要です。どのような家庭に生まれ育ったのか。両親はどのような人物であったのか。裕福だったのか、貧しかったのか。学校では従順な生徒だったのか、反発したり威圧するような生徒だったのか。京都刑務所に5年服役した同意殺人の他にも受刑歴があるのか(京都刑務所はB級施設であり、過去に服役歴のある受刑者が収容されます)、など判断材料を揃えて検討する必要があります
追加の情報としては、梶村容疑者は2012年に福島県内で除染作業をしており、同僚の金を盗んだとして警察が介入する事態になったとの話があります。逮捕されたのかどうかは不明です。ただ、福島の除染作業に従事していたとなれば、その時点で刑務所を出所したばかりで高額の報酬が得られる除染の仕事を選んだとも推測できます
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