老人ホーム3人転落死 供述心理学鑑定問題

当ブログで長きに渡って取り上げてきた老人ホーム3人転落死事件は、今井隼人被告が最高裁への上告を取り下げ自らの犯行だったと表明したことで決着を迎えました
事件処理としては確かのその通りなのですが、今井隼人死刑囚がジャーナリスト宛てに送った手紙に気になる部分がありましたので、取り上げておきます。それがブログ記事のタイトルに挙げた供述心理学鑑定の件です
AERA.dotに掲載された『「実は私がやった」 ノンフィクションライターに犯行を告白した「川崎老人ホーム転落死事件」死刑囚の胸中』と題する記事が今井死刑囚の手紙の内容が引用されていますので、自分の目についた部分を引用します


「実は私がやった」 ノンフィクションライターに犯行を告白した「川崎老人ホーム転落死事件」死刑囚の胸中
https://dot.asahi.com/dot/2023061500032.html?page=1
(前略)
今、このタイミングで本件の上告審を途中で取り下げたのは、もう私としても気持ちの限界だったからです。逮捕されて以降、“自分がやった”という記憶がありながら、第一審の弁護団が選任されてからは、まず“黙秘”から始まったので、自分が自分の口で語ることができませんでした。弁護人から連日“黙秘”を進められていたので、そっちに――要は楽の方にいってしまったのです。
そして精神鑑定をやりたかったと感じた私は、公判前整理手続きの途中で健忘の主張をするようになり、その健忘が通用しないとわかると”やっていない”とうそをついたのです。第二審も否認を続けていましたが複雑な気持ちがありました。それは供述心理学鑑定によって第一事件と第三事件は私の体験に基づく供述ではない可能性が高いとの結果が出たことでした。“これならえん罪の主張で突き通せるのではないか”との弱い自分が出てきていました。ずっと嘘の主張を続けていたので、もう第二審の時には慣れてしまっていました。あまり抵抗なく……。
そして現在 上告審中なのですが、昨年12月ごろからずっと悩んできていて、ここにきて新たな供述心理学者も出てきたので、“もうこれ以上は他人を巻き込むのは違うのではないか”“認めるならばここだ”“嘘なく生きたい”との思いがだんだんと強くなってきて、ゴールデンウィーク明けくらいから深く悩むことになりました。そして私としては“自分がしたことだし、もうこれ以上否認をし続けてそのプロセスの中で様々な専門家を巻き込むのは違う(イヤだ)”“嘘はやめよう”との思いが固まって上告を取り下げることにしました。
(以下、略)


供述心理学鑑定までの経緯
当初、任意で事情聴取を繰り返し受けていた今井被告は事件への関与を否定しています。が、逮捕前の任意の聴取の中でついに犯行を認める供述をし、その様子は警察がビデオに記録しています。無理やり自白させたのではないとの証を立てるため、取り調べを録画するよう制度が変更された結果です。そのビデオと自供内容が有罪を決める重要な証拠となりました
しかし、自供後は弁護士の勧告によって黙秘に転じます。否認事件の場合、容疑者・被告人が取り調べの場であれこれしゃべってしまうと、後の弁護活動に支障をきたすため弁護士は被疑者・被告人に黙秘するよう勧めるのです
今井被告は当初、精神鑑定で詐病を演じ、罪を免れようと算段したものの「健忘」(犯行時を含む記憶がない、との主張)が通用しないと知り、断念します
供述心理学鑑定の実施
弁護人が1審の有罪判決に対して控訴した際、判決をひっくり返す決め手として用いたのが供述心理学鑑定です。精神医学の知見によって行われる精神鑑定とは別の方法・理論により、被告人の心理状態・行動を説明しようというものです。類似したものに心理鑑定があります
ただし、精神鑑定が刑事裁判では頻繁に実施されるのに対し、供述心理学鑑定や心理鑑定の実施例は少ないのが実情です。検察官は精神鑑定ほどの信用を、これらの心理鑑定に置いていないのでしょう
さて、供述心理学鑑定は上記のように今井被告が取り調べの中で犯行を自供した内容について実施され、「第1の事件と第3の事件の供述内容が、今井被告自身の経験に基づくものではない可能性がある」との結論に至っています
おそらく警察官が調書をまとめる際、警察側の実況見分や予断に基づいて供述を修正し文章化したため、今井被告自身の語り口とは異なる表現、文言が混じり込んでしまったものと推測されます
ただ、結論としては弁護人や鑑定に取り組んだ心理学者などのひたむきな姿が今井被告の心境に変化をもたらし、嘘をつき続けるのを心苦しく思い、犯行を告白するに至ったのですから、供述心理学鑑定がダメだったという話ではありません
このブログの記事を書くにあたり、供述心理学鑑定がいかなる理論、技法によって実施されているのか、幾つかのウェブサイトや簡単な実践レポートを読んだだけなので、自分の理解が足りていない点があります。もっと勉強しなければならない分野がある、と知る機会となりました
供述心理学についてはの概要は、以下の報告を読んでもらうと把握できると思います

(関連記事)
老人ホーム3人転落死 今井死刑囚「私がやった」
老人ホーム3人転落死 今井被告の死刑確定
老人ホーム3人転落死 控訴審でも死刑判決
老人ホーム3人転落死 控訴審の行方
老人ホーム3人転落死 今井被告に死刑判決
老人ホーム3人転落死 今井被告の発達障害は?
老人ホーム3人転落死 今井被告の自供動画公開
老人ホーム3人転落死 今井被告の初公判
老人ホーム3人転落死 殺人容疑否認で来春公判へ
老人ホーム3人転落死 今井被告は黙秘で初公判未定
老人ホーム3人転落死 今井容疑者は自己愛障害?
老人ホーム3人転落死 管理会社の見苦しい釈明
老人ホーム3人転落死 元職員が犯行自供
川崎3人転落死老人ホーム 問題だらけの実態
老人ホーム3人転落死事件の闇
老人ホームで3人が転落死 同じ職員が当直
大口病院不審死 3人殺害しても無期懲役判決
大口病院不審死 元看護師が48人殺害か
岐阜の老人施設で5人死傷 小鳥被告に懲役12年判決
岐阜の老人施設で5人死傷 連続殺人の可能性も
患者85人を殺害 元看護師に終身刑(ドイツ)
中野区老人ホーム殺人 元介護職員に懲役16年の判決