アドラー心理学「嫌われる勇気」を推す加藤嘉一

かつて「中国で一番有名な日本人」とのキャッチフレーズを背負い「週刊プレイボーイ」他、多くのメディアを舞台に文筆活動をしていた加藤嘉一の名前を久しぶりに見ましたので取り上げます。現在の肩書は「国際コラムニスト」だそうです
ダイヤモンド・オンライン掲載の記事で、中国でブームになっている自己啓発本「嫌われる勇気」、「幸せになる勇気」にあるアドラー心理学を推す内容です
アドラー心理学はしばしばフロイトの精神分析理論と対比されるわけですが、自分もフロイトの精神分析をラカン派の解釈を交えた考えて思うところを書きます。アドラー心理学に切り込んでやろうとか、論破してやろうという意図ではありません


日本発の自己啓発書が示す、権力に抗議する中国民衆の「勇気」とは?
(前略)
● 中国で圧倒的な支持を得た、 日本発の自己啓発書とは?
勇気、と言えば、『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』の2冊が思い浮かぶ。私も2回熟読し、生きていくための勇気をもらった。同書は世界40以上の国・地域・言語で翻訳され、シリーズ累計で1000万部以上の部数を誇る。うち、日本では累計約370万部、中国では今年11月時点で300万部近くが売れている。
「不安だから、外に出られない」という原因論に立脚するフロイト心理学とは対照的に、「外に出たくないから、不安という感情を作り出している」という目的論を提唱するアドラー心理学が、日本の読者の間で多くの共感を呼び、勇気を与えた事実は、正直想像に難くない。
幼少期から「人様に迷惑をかけないように」と教育されてきた日本人は、自分がどうありたいかよりも、他人にどう見られるかを気にする。嫌われないためにはどうすべきかを最優先し、行動規範とする傾向が強い。一方、私を含め、多くの国民はそんな生き方に息苦しさを感じてきた。「課題の分離」を通じて、「いま、ここ、わたし」を生きること、「自由とは、他者から嫌われることである」と説くアドラーの教えが心に響く所以であろう。
● 多くの中国人は 「嫌われること」を気にしない
2003年、高校卒業後中国に渡って以来、中国本土、米国、香港などで多くの中国人と時空を共有してきた。中国は多様的であり、地域、性別、世代、民族、職業、生い立ちなどによって、中国人の生き様もまちまちであるが、私なりの「中国人観」に基づいて言えば、『嫌われる勇気』が“あの中国”でベストセラーと化している現実には、若干の違和感を覚える。
というのは、私から見て、小中高生、大学生、都市部の中産階級、農村部の低所得者、海外に移住した富裕層などを含め、「いま、ここ、わたし」を生きることに精一杯な大多数の中国人は「嫌われること」など恐れていない。
(中略)
● ある中国人女性の読後感
勇気シリーズを読んだ武漢市出身の女性(40代、国有企業勤務)は言う。「この本は特に日本人が読むべきと思います。日本人は他者に迷惑をかけることを恐れ、他者の目に映る自分をとても気にする。そして、本当の自分を演じようとしない」
一方で、この女性は、勇気シリーズが今を生きる中国人に、自分への向き合い方やこれからの生き方を考える上で、一定の示唆を与えるものであったとも主張する。
「いくつかの概念は従来の考え方を完全に覆すものです。例えば、『過去は存在しない』。一方、アドラー心理学はフロイト心理学などに比べて近づきやすい。『嫌われる勇気』というタイトルには好奇心がくすぐられるし、内容も読み取りやすい。『なぜなのか』ではなく、『どうしたいか』に主眼を置くアドラーの教えも、中国人の生き方に合っていると思います」
(以下、略)


フロイトは自身の精神分析学を既存の心理学に対抗しうる一大科学理論であると主張しています。大袈裟な言いようですが、フロイトは己の精神分析学を心理学とは別の独立した科学体系にしたい、という気宇壮大な思い入れがあったのでしょう。なので上記の記事のような「フロイト心理学」という表現には抵抗を感じます
フロイトの提唱した精神分析の理論を大胆に読み換えて再定義し直したジャック・ラカンは、「精神分析とは分かり難いものだ」と述べており、誰でも気軽に理解できる…といったお手軽な自己啓発物と一線を引いています
フロイト・ラカンの理論を理解するにはフロイトの著作(文庫本でも入手できます)を読むだけでは足りず、たとえばアレクサンドル・コジェーヴの「ヘーゲル読解入門 精神現象論を読む」(国文社)を開き、ラカンがコジェーヴのセミナーに参加してヘーゲルを読み換える体験から、フロイトを読み換えようと企図するに至った経緯を追体験することも必要でしょう。あるいはエディプスコンプレックスを理解するにはギリシアの古典を読み込む必要もあります
このようにフロイトやラカンを理解するには手間もかかり、理解に時間もかかるのであり、お手軽に「フロイトを理解する」というわけにはいきません。その手の本が書店には並んでいますが
また、「ビジネスに生かせるフロイト心理学」などというウェブサイトを見ると、フロイトをウィーンの精神科医で精神病患者の治療に取り組んだ、と紹介していたりします。が、これも間違いでありフロイトは神経科医であって精神科医ではありません。当時、オーストリアではユダヤ人の就労にさまざまな制限があり、精神科医になれなかったためと推測されます。よってフロイトの患者たちは精神病患者ではなく、神経症の患者だったわけです。精神分析学はそもそも神経症の治療理論として始まったのですから。インターネットで検索すれば判明するような事実を確認しようともせず、誤った情報を受け売りするのが「簡単で手軽に」をもてはやした結果でしょう
このように世間一般では精神分析も心理学も精神療法もごちゃまぜで、明確な区別をつけないまま、だったりするわけです
上記の記事(その主要な部分は加藤が話を聞いたという中国人の発言ですが)で、アドラーの著作を中国人が好む理由はよく分かりません。もちろん、日本でもアドラーの著作が読まれている理由も自分には謎です。「日本人が読むべき」との発言の意図も不可解です。人に迷惑をかけないというのは長い時間をかけて日本人が経験則として導き出した1つの答えであり、中国人にとやかく言われる筋合いはありません。中国人こそマナーを守り、街中や電車の中で携帯電話を使って大声でしゃべるのをやめるべきなのでは
話を戻して、「分かりやすい」というのは誤った理解への近道であり、部下の前で部長が蘊蓄を披露して「フロイトは駄目だな。やっぱりアドラーだよ」などと知ったかぶりをかますだけ、に終わってしまいます
回り道でも時間がかかっても、「本物を知る」というのが大切なのでは、と言いたくて書きました

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