ツイッター記載の犯罪歴削除 最高裁判決

インターネット上のSNSなどに記載された個人の犯罪歴をどうするか、裁判になっていました。過去、Google検索で自身の犯罪歴が表示され苦痛を受けたとして提起された訴訟では、Google検索の公共性を認め、削除は必要ないと最高裁の判決が出ています。以下を参照願います

ネット記事削除裁判で最高裁が「公共性」を重視
「犯罪歴をグーグルから削除しろ」訴訟 削除命令取消しでグーグル勝訴

ところが今回、ツイッターに記載された犯罪歴について削除を求める訴えが起こされ、最高裁はツイッター社に削除する命令を出しています
前回の判例とどこが違うのか、気になるところです
こどもを狙った性犯罪では青少年育成条例違反とか迷惑防止条例違反で逮捕され、罰金刑で済んでしまうケースもあります。こうした軽微な処罰を受けた性犯罪者が再び犯行に至る場合もあり、「罰金刑で済む軽微な犯罪だから逮捕歴はSNSから削除するべき」との考えは大間違いであり、社会防衛という観点を欠いた見解でしょう。性犯罪で懲戒処分(免職ではない)を受けた逮捕された教師が再び教壇に立ち、児童にわいせつ行為をする事件もありました
性犯罪歴を隠蔽したり、匿名扱いすることが更生ではありません。性犯罪者を利するだけです
さて、今回のツイッター社を巡る裁判については以下のように報じられています


公益性とプライバシーのどちらに軸足を置くべきか-。交流サイト(SNS)のツイッターで投稿された過去の逮捕歴の削除を巡り、最高裁が24日、削除を命じる判決を言い渡した。速報性や拡散性が高いツイッターの特徴を考慮して、インターネット検索大手「グーグル」を巡る最高裁判断よりも、削除に対するハードルを下げた形だ。専門家は「同種の投稿削除への追い風になる」と分析する。
グーグルを巡る平成29年の最高裁判断では、グーグルは「ネット上の重要な情報流通の基盤」とした上で、事実の性質や内容▽事実の伝達範囲と具体的被害の程度▽当事者の社会的地位や影響力-などを考慮して、公表されない利益(プライバシー)が公表する理由(公益性)より「優越することが明らか」な場合に削除できるとした。
これに対し、今回の最高裁判決では、グーグルの基準で示された「優越することが明らかな場合」ではなく、「優越する場合」に削除できると表現した。「明らか」という表現を使わなかったことで、グーグルよりも要件は緩まったといえる。
こうした判断の枠組みを示した上で、今回の訴訟で問題となった、男性の逮捕についての投稿について、個別に検討した。
男性の逮捕から2審の審理終結時点までに約8年間が経過して刑の効力がなくなった▽ツイート(投稿)で引用した元記事は削除されており公共性は小さくなっている▽逮捕当日に投稿されており、長時間閲覧可能な状況にあることを想定していない▽男性は一般人-などの事情を挙げ、削除できるとした。
ネット上に公開された個人情報は「デジタルタトゥー」と呼ばれるように、完全に削除するのが困難だ。欧州ではプライバシー保護の観点から、一定期間たった情報は削除されるべきだとする「忘れられる権利」についての法整備が進むが、表現の自由を重視する米国では、削除に慎重な姿勢をとる傾向がある。
ネット上の表現の自由に詳しい九州大の成原慧(さとし)准教授(情報法)は「判決は、ツイッターをグーグルのような『ネット上の情報流通の基盤』とは区別した。最高裁は、検索エンジンには特別に慎重な判断をしたとも言える」と指摘。
「今回は個別の投稿についての事例判断という面もあるが、SNSの投稿について削除が認められやすくなるだろう」と話した。
(産経新聞の記事から引用)


いろいろとツッコミどこの多い判決です
そもそもGoogle検索で表示されるのはメディアなどによる報道記事だけではなく、ツイッターの記事や個人のブログなどの情報を集積しているのであり、どこでメディアの記事とツイッターの記事を区別して扱いのにどれだけ意味があるのか、と思ってしまいます
インターネットが情報集積の総体である事実を、最高裁判事は理解できていないのでしょう
所謂「忘れられる権利」というものについても、犯罪者が自分の犯行を忘れたがるのは当然としても、被害者は決して忘れたりはしません
なぜそこで「忘れられる権利」という加害者側の理屈が優先されるのか、理解できません(もちろん、被害者の側にも事件について忘れたいとの情動が生じるケースがありますが、それは別の話としてここでは触れません)
殺人事件にしろ強姦事件にしろ、被害者や遺族に対して十分な補償もしないまま刑期を終えて出所している元受刑者がいます。ましてやこどもへの強制わいせつ事件では、罰金だけ収めて被害者には謝罪すらしない性犯罪者もいます。彼らの犯罪歴をインターネット上から抹消して、誰が喜ぶのか、考えるまでもないわけで
「社会が私的なリンチを加えるのを容認しろ」というのではなく、社会防衛の観点から性犯罪者の情報は不可欠であると自分は考えます。自分の家の隣に性犯罪者が住んでいるかどうか、幼いこどもを持つ親なら気にするはずです
「裁判から8年経ったら削除すべき」などと、何を根拠にそんな判断ができるのか不思議でなりません。性犯罪から10年経ってもPTSDに悩まされる被害者もいます。ならば、個別に訴訟を起こして裁判所の判断を求めろ、と最高裁判事たちは言うのでしょうか?
ツイッター社としては本件訴訟の判決が最高裁で確定するわけで、これ以上争いようがありません。別件の訴訟があればそちらで削除しない正当性を争えます。なので、これで最終決着というわけではなく、犯罪歴の削除を巡る訴訟は今後も繰り返されるものと考えます

(関連記事)
東大生集団淫行事件を考える 米スタンフォード大の事例
泥酔させた女子大生に淫行した東大生 5人逮捕も起訴は3人
京都教育大集団強姦事件 弁護士の抗議でブログ削除されました
神戸連続児童殺傷事件と匿名性を考える(続き)
神戸連続児童殺傷事件と匿名性を考える
19歳少年の実名報道は 少年法改正
光市母子殺害事件 実名本出版を巡る訴訟

この記事へのトラックバック