神戸連続児童殺傷事件と匿名性を考える

少年法が改正され、18歳~19歳の少年は刑事事件として起訴された後であれば、実名で報道できるようになりました
これを受けて神戸新聞は、神戸連続児童殺傷事件の犯人である元少年A(東慎一郎)について取り上げ、「匿名の森に消えた」とする記事を掲載しています。長文の記事なので一部を引用しますが、どうにも記事の趣旨が理解しにくい書き方となっています
非行少年の匿名扱いを問題視したいのか、民事上の責任(被害者や遺族への損害賠償)をうやむやにして姿を消した事を問題視したいのか、どっちつかずの書き方になっています


神戸連続児童殺傷 元少年A、改名して生活か 「匿名の森」に消える
■「印税1000万円遺族に」と打診
姓名ともに、それまで見たことがなかった。2016年3月。神戸市内に事務所を構えるベテラン弁護士の元に、書面が届いた。1997年に小学生計5人が殺傷された神戸連続児童殺傷事件で逮捕された「元少年A」。その元少年Aが書いた手記「絶歌」で得た印税1千万円について、手紙には被害者への損害賠償として送らせてほしいと書いてあった。
申し出た当事者の名前に驚いた。弁護士は発生直後から事件に関わったが、その名字は父方、母方のどちらでもなく、姓名に元の名前の漢字が1字も使われていなかった。少年Aである可能性が高いその人物。名前の上では、全くの別人になっていることになる。
少年法61条は、加害少年の氏名や顔写真などを出版物に掲載する「推知報道(身元を特定する報道)」を禁じている。未成熟な少年に非行(犯罪)行為のレッテルを貼れば、将来の立ち直りを妨げてしまうという考えからだ。
だが、1日に施行された改正少年法は、新たに18、19歳を「特定少年」と位置づけ、起訴されれば実名報道も可能にした。
神戸連続児童殺傷事件で14歳の時に逮捕された少年は事件直後、写真週刊誌に顔写真が掲載され、回収騒ぎになった。32歳で「絶歌」を出版した際は、著者名は「元少年A」と実名を伏せた。手記の冒頭で逮捕を振り返り、「僕はもはや血の通ったひとりの人間ではなく、無機質な『記号』になった」と書いた。
(中略)
医療少年院を出た元少年は、被害児童2人の遺族に毎年謝罪の手紙を送っていた。「絶歌」の出版以降は遺族が受け取りを拒否したが、関係者によると、手紙は事件当時の名前で書かれていたという。
昨年11月、元少年が一時期生活していたという東京都内の街を訪ねた。一部週刊誌が居場所を突き止めたとして、目線を入れた写真を付けて報じていた。彼の名前を出さずに住民に聞き込んでも、消息を知る人はいなかった。
元少年は「匿名の森」に消えた。彼の両親でさえ、現在暮らす場所は知らないという。
■「会ってもいい」遺族の思い暗転、手記「絶歌」出版で
窓はなく、机があるだけの部屋だ。弁護士事務所の一室で、神戸連続児童殺傷事件で逮捕された少年Aの両親と、被害者遺族の一方が直接対話を重ねていたことはあまり知られていない。
1997年3月に殺害された山下彩花ちゃん=当時(10)=の両親は、少年Aの両親と何度もここで向き合った。同席した羽柴修弁護士(73)によると、毎回2時間程度は話していた。
医療少年院を出所した少年Aは、働いて得た報酬から毎月1万円を被害者への賠償金として送り、年に一度遺族に謝罪の手紙を書いていたという。
彩花ちゃんの母で、2017年に病気のため亡くなった京子さん(享年61歳)は、対話の席で「年1回の手紙はイベントではない。(謝罪の)思いがあるのだったら、もっと頻繁に何かがあってもいい」と訴えた。
しかし、親の返事は芳しくなかった。「どんな手を使ってでも親だったら(少年Aに)会いにいくでしょう。私だったらそうします」。京子さんは強い口調で迫るときもあったという。
(中略)
15年6月、「元少年A」の名で手記「絶歌」が出版された。親同士の対話など、羽柴さんらが必死で積み上げた関係性は瓦解した。「信じようとした手紙は(手記を出版するための)原稿だったんだと、山下さんは思っただろう」。落胆は深かった。
(以下、略)


「元少年A」については当ブログでも数回、言及してきました。特に「絶歌」の出版時にはいくつもの週刊誌が「元少年A」を追いかけ、写真に撮って掲載したり、「元少年A」が記者に危害を加えようとしたなど記事にしていました
身元がバレるのを恐れて生活している「元少年A」のところへズカズカと踏み込み、写真を撮ろうとすれば怒るのは当然でしょう。報道という大義名分はあるにしても、です(ちなみに一般人を許可なく撮影すれば迷惑防止条例違反の罪になりますし、少年少女を無断で撮影すれば児童ポルノ法違反に問われる場合もあります)
さて、「元少年A」ですが、事件後長期間の少年院生活を経て社会に出たものの、思うにまかせない生活に疲れ、被害者家族に謝罪の手紙を書き続けることにも疲れ、そんな状況を変えるつもりで「絶歌」を書いたのだろうと推測します。己に文才があると信じ、自伝的小説を発表すれば話題になり売れて印税も手にできると。印税は上記の記事にもあるように、被害者家族への賠償に当てる気だったのでしょう。そして「元少年A」自身は新進気鋭の作家として活躍の場を得られるとの思惑があったのでは?
しかし、「絶歌」は猛烈な批判を浴びる結果となり、小説として評価はされず、期待したほど売れませんでした
一発逆転を狙ったつもりが、かえって批判を浴びてしまったのですから「元少年A」は塞ぎ込んだに違いありません。ただ、それでも「ジョーカー男」のように社会への復讐だとか、拡大自殺を図らずに生きているのですから、そこは評価に値すると思います
先述した週刊誌の記事では記者が脅されたと書き、「元少年A」は更生などしていない危険人物であるかのように書いていましたが、彼が事件を起こしていないのであれば、それを事実として認めるべきでしょう
ただ、事件と向き合うのが嫌になったのか、ひたすら逃げている現状は評価できません。被害者遺族の元へ自ら足を運び、怒鳴られてもよいのではないか、と思います。胸ぐらをつかまれ、殴られても、蹴飛ばされても、そうやって遺族の怒りに直接触れる体験もまた必要なのでは?
逃げてばかりの生活をこの先10年、20年続けるより、自身の生活を変えるけじめになるように思います
さすれば、「絶歌」とは別の、自身を過剰に飾り立てたりはしない小説が書けるのかもしれません

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