光市母子殺害事件 実名本出版を巡る訴訟

刑事被告人が拘置所内で新聞記者やジャーナリストの取材に応じ、あるいは手紙をやりとりするのは珍しくありません。世間の注目を集めるような殺人事件の場合、こうした取材を経て「獄中手記」として出版されたりもします
1999年に起きた光市母子殺害事件で起訴された大月孝之(現在は養子縁組して福田姓)は当時未成年でしたので、報道では少年A扱いになっていました。この大月被告と面会や手紙でのやりとりをしていたジャーナリスト増田美智子は、大月被告と契約書を交わした上で(つまり出版の同意を得た上で)、「福田君を殺して何になる」(インシデンツ刊)を出版しました
ところが大月被告は同書の中で自分の写真や実名が載っているのに反発し、出版差し止めと1200万円の賠償を求める訴訟を起こしました
1審の広島地裁では出版差し止めの請求を認めず(出版に同意する契約を交わしていたのですから当然です)、顔写真の掲載はプライバシー侵害にあたるとして出版社側に66万円の支払いを命じる判決を下しました。しかし、2審の広島高裁では大月被告側の敗訴となり、最高裁も広島高裁の判決を支持する判断が示されて決着しています(最高裁の判決は2014年9月です)
犯行時少年だった犯罪者の実名報道が話題になったいますので、掘り返して書いておきます
広島高裁の判決を伝える記事を貼っておきます


山口県光市の母子殺害事件で犯行当時少年だった死刑囚が、実名を掲載した本の出版差し止めなどを求めていた裁判の控訴審で、広島高裁は一審で命じた66万円の損害賠償命令を取り消し、原告の主張を全面的に退ける判決を言い渡した。この裁判は、光市母子殺害事件で犯行当時18歳だった大月孝行(=旧姓・福田)死刑囚が、実名や顔写真を掲載した本の著者と出版社に、出版差し止めと1200万円の損害賠償を求めていた。一審判決で、広島地裁は出版の差し止めを認めない一方で、顔写真などの掲載はプライバシーの侵害にあたるとして、著者などに66万円の支払いを命じていた。今日の控訴審判決で、広島高裁の宇田川基裁判長は「原告が出版に同意していることに加え、原告への社会的関心は高く、顔写真の掲載は報道の自由として許されるもので、プライバシーの侵害とは認められない」として、一審で命じた66万円の損害賠償の支払い命令を取り消し、原告側の主張を全面的に退ける判決を言い渡した。
(テレビ新広島の記事から引用)


事前に出版に合意し、大月被告も取材に協力した上での企画でした。当然、大月被告も報酬を受け取ることが予定されていたわけです。が、直前になって大月被告は態度を翻しゲラ刷りを見せろと要求したようです。この出版差し止め訴訟には大月被告の弁護団が関わっており、「実名を本に出すのは大月被告の裁判(死刑を求刑され争っている途中)にも好ましくない影響がある」との判断があったようです。つまり、ゲラ刷りをチェックして不適切な表現がないか、確認したいのは弁護士の方だったのでしょう
結果として、出版社側はゲラ刷りを見せるのを拒否し(事前の検閲にあたる、との理由で)、本は出版されました。そして上記のとおり訴訟が始まりました
最高裁で決着がつくまで5年を要し、その間に大月被告の死刑は確定しています
念のために大月被告側の言い分を記載しておくと、「死刑が確定しないよう努力する約束があったので取材に応じたのに、本の内容は死刑確定を前提としたもので期待と信頼を裏切られた」のだとか
裁判所の判断は、「死刑が確定した者の実名が世に出たところで、当の本人はその実名を使って社会復帰する可能性が無い。なので、実名が明かされたとしても、本人が重大な損失を受ける恐れはない」というものです。死刑囚が生きて社会に出る機会はないという、当たり前のようで峻烈な判決です

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