「嫌われた監督」(文藝春秋刊)の書評
「嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか」は文春オンラインのサイトに連載されていたので目を通していたのですが、楽天の電子ブックセールで文藝春秋社の本が50%オフというキャンペーンに惹かれ、買ってしまいました
野球ファンだけでなく、ビジネス本としても読まれているのだとか
書評を検索したところ、「この本を読んでいると、落合監督のような上司がいれば部下はやる気が出てくるのではないかと思った。もちろん厳しい環境となるので、精一杯の努力が必要になるとは思うが、このような上司の元で働いてみたいと思う。上司のような立場の人にも是非とも読んで頂きたい一冊である」と書いているブログがありました
個人のブログの個人的見解をとやかく言うつもりはないのですが、この本がいわゆる自己啓発とかビジネスマンの教科書みたいな扱いを受けるのはどうか、と疑問を感じたので、自分の思うところを書きます
熱血感動ストーリー
プロ野球本といえば、スター選手に密着し、その立ち振舞からライバルの目に映った姿、自分語りまでを筆者がまとめ、感動のストーリーに仕立てるのが常道です
本書も例にもれず、落合博満をいうヒーローを賛美するためのものであり、熱血感動ストーリー仕立てになっています。おそらく筆者は熱血感動ストーリーとは対局のものを描くつもりだったのでしょうが、皮肉にも落合讃歌になっています
スポーツ紙の記者であった筆者は、星野仙一と落合博満を対比させ、星野を鉄拳制裁と熱情と浪花節の男として描き、落合を非常で冷徹なプロフェッショナルと描き出そうとします。その技巧はツボにはまっており、誰もが落合の「群れない、馴れ合わない孤独さ」を強く感じるように書かれていると感じます
ですが、個々の選手の視点から見た落合像を並べた各章を読んでいけば、実のところ浪花節調の恩義や情愛の絡んだ話ばかりです。ドライに見える落合も星野仙一の鉄拳制裁と熱情と、本質的な差異はないと自分には感じられます
ドラゴンズは変わっていない
サブタイトルとして「落合博満は中日をどう変えたのか」と付しているのですが、落合監督時代の8年間で4度のリーグ制覇、1度の日本シリーズ制覇が異常であり、万年Bクラスの今こそが正常な状態なのだと思います
なにせ球団首脳が「優勝などしなくていい。優勝したら選手の年俸を挙げなければならないから」と平然と口するチームです。他球団は優勝を目標にしているのでしょうが、ドラゴンズは違います
ローカル新聞が抱える野球チームとして新聞ネタを提供してくれればよいのであり、優勝などするなというスタンスですから、当然チームの補強には消極的であり、万年Bクラスが定位置です。結果として、落合監督が去った後は元に戻ってしまい、そこに甘んじているわけです
これではビジネスの参考にもなりません(反面教師、という意味では役に立つかもしれませんが)
書かれていないエピソード
「嫌われた監督」の中で立浪和義はチームの生え抜きとして統率力あるリーダーであり、チームを牽引する存在として描かれています
実際は不倫問題がバレて、なかなか監督に就任させてもらえなかったという事情をファンは知っています。立浪は妻子ある身で梅宮アンナとの不倫にのめり込み、妻子と別れるから結婚させてくれ、と梅宮辰夫に頼み込んだとか
野球の世界を取材してきた筆者が知らない話ではないはずですが、書く必要はないと判断したのでしょう
立浪和義はその他、もろもろのスキャンダルが囁かれ、監督就任が先送りされてきた人物です。本社である中日新聞が了承しなかった、と思われます
さらにコーチ陣を見ればPL学園仲間やお友達ばかりを揃えており、不安材料しかありません
当の落合がこのコーチ陣の顔ぶれを見れば、苦笑するに違いありません。将来の監督という期待を背負いながら、現役引退後は野球を真面目に勉強してこなかったのだろう、と言い捨てるでしょう(コーチ陣には「嫌われた監督」にも登場するメンバーが含まれています。しかし、選手として落合の薫陶を受けた人間が指導者としても能力を発揮できるかは別です。もちろん、自分の予想を裏切って素晴らしい監督、素晴らしいコーチとして手腕を発揮してくれるなら嬉しい限りですが)
最後に
自分は自己啓発本とかビジネス書が大嫌いな人間なので、いちゃもんを並べるような書評になってしまいました。読み物としてダメとか、つまらないというわけではなく、これはこれでよく書けていると思います
ただ、スポーツ新聞の記者という立場、経験が語り口を限定してしまい、表現の幅や深みを獲得できていないのをもったいないとも思います
プロ野球中継など久しく見ていなかったのですが、久し振りにプロ野球をテレビで見ると、野球を語る文脈というものが10年前とまったく変わっていない、進歩していないのに驚かされます
解説者にしろ、アナウンサーにしろ、レポーターにしろ、従来の野球の語り口を延々と踏襲しているだけで、新しい視点や新しい語り口を獲得できていないのです。多分、多くの野球ファンは変化を求めてなどおらず、昔のままに野球が語られるのを望んでいるからなのでしょう
まるで古典芸能でも見ているような気分にさせられます。歌舞伎役者が昔どおりの演目で、昔どおりの所作を決めて見せると、観客が拍手し「音羽屋!」などと声をかけるあれです
野球を会社経営に喩えるのは昔から繰り返された試みですが、そうした試みが有用だとは考えられませんし、落合のやり方が企業経営に活かせるはずはないと考えます。内部対立、派閥抗争、世代間の軋轢を生むだけでしょう
むしろ、ローカルの野球チームが偶然巡り合わせた「奇跡の8年間」であり、再現できない日々の記録として読めば十分楽しめるのでは
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