老人ホーム3人転落死 控訴審の行方

老人ホームに勤務する職員が高齢の入居者をベランダから投げ落とし、3人を殺害するという異常な事件が2015年にあり、今井隼人被告が1審で死刑判決を受けました。今井被告は無罪を主張して控訴審で、争っていますが世間からはすでに終わった事件と思われているのか、話題に上る機会はほとんどありません
物証の極めて乏しい事件ですから、今井被告の無罪を立証できる証拠や証人はありません。控訴審で何を主張したのか、あらためて調べてみました
控訴審が結審したと報じる記事と、週刊誌「FRIDAY」に掲載された今井被告へのインタビュー記事の2本から引用します


川崎市の老人ホームで入所者3人が相次いで転落死した事件で殺人罪に問われ、一審横浜地裁で死刑となった元職員今井隼人被告(29)の控訴審公判が26日、東京高裁(細田啓介裁判長)であった。弁護側は「自白の信用性を認めた一審判決は誤りだ」と改めて無罪を主張。検察側は控訴棄却を求め、結審した。判決は来年3月9日。
直接証拠が乏しく、控訴審でも捜査段階での被告の自白の信用性が争点となった。
最終弁論で弁護側は、証人出廷した心理学者による鑑定結果に基づき、自白の供述は「被害者の具体的な行動や反応の様子が希薄で、不自然だ」と主張。「マスコミの取材から被告や家族を守ってもらうため、取り調べに迎合するしかないと思い虚偽の自白をした」と訴えた。
一方、検察側は心理学者による鑑定は確立された手法ではなく信頼性に欠けると指摘。虚偽の自白をしたとの弁解も不合理で、「控訴には理由がない」とした。
(時事通信の記事から引用)


「川崎老人ホーム連続転落死事件」被告から届いた200枚の手記
(前略)
「二審で無実を証明します。事実、私はやってないですからね」
筆者との面会で今井被告は雄弁に控訴の理由を語りながら、雑談にも応じた。
――体調は?
「いたって普通です。コロナにもなっていません」
――日々の支えは?
「家族、支援者、弁護団……。こんな私にも応援してくれる方がいますから」
――息抜きは?
「新聞や雑誌でスポーツ記事を読むことです。私は昔から大の巨人ファンで、特に坂本勇人選手は入団前から応援しています。巨人が勝った日などは、カニやウナギの缶詰を食べて、一人祝杯をあげたりしています。またゴルフも好きで、マスターズでの松山英樹選手のイーグルパットや最終日18番のセカンドショットにも興奮しました」
――死刑制度についてどう思う?
「死刑の廃止が必要だと思います。もっと深い議論がされるべきです」
筆者が10月から今井被告との面会を重ねたのは、犯行自供から一転、一審から無罪主張を始めたからだ。
「(無罪主張の理由は)中身は一言では言えません。手記を書きます。そのほうがわかりやすいでしょう」
送られてきた手記は、便箋約200枚にも及ぶ膨大なものだった。内容は大学教授による精神鑑定結果が主である。
〈著者(今井被告)は’17年8月下旬頃から11月中旬頃までにかけて、精神鑑定医による精神(鑑定)を受けている。その結果、著者が自閉スペクトラム症(ASD)であるとの確定診断が示された。また、断定はできないが、知的能力障害が疑われ、知的能力は低い可能性が高いとの旨も示された〉(手記より。一部要約)
手記には、発達障害ASDの説明として、念を押すようにこうも記されていた。
〈状況認知や想像性の弱さ、人間関係に対する関心や共感性、情緒性が限定的であること、規則性やこだわりなどの脅迫傾向、規則性によって安定を得る傾向が見られます〉
今井被告はこう言う。
「だから私は、マスコミから母親を守ってやると捜査員に言われ、やってもいない犯行を自供してしまったのです」
(以下、略)


時事通信の記事に書かれているように、被告弁護人側は今井被告の心理鑑定を法廷に提出し、自白内容の不自然さを指摘して任意性に疑問を投げかけたのでしょう。心理鑑定は被告が供述調書の中で語れなかった部分を補い、被告の心情を解き明かそうとするものです。供述調書は捜査に当たった警察官が文章化するため、事件の本筋とは関係ないと判断された供述は省かれてしまい、必ずしも被告の発言が忠実に記録されるものではありません。そのため、「警察官の作文」と批判されるのがしばしばです
一度書き上げた供述調書を被告本人に読み聞かせ、「内容に間違いないな」と念を押した上で署名させるのですが、その段階で修正を求めたり「しゃべった内容と違う」と異議を申し立てても受け入れられない場合もあるのでしょう(警察官が書き直しを嫌がる、警察が想定した事件の筋書きが変わってしまうなどの理由で)
実際に調書を見た方は少ないと思いますが、修正する箇所については「◯文字削除、◯文字加」などと、余白に書き入れて供述した被疑者の指印を押捺させます。あまりに修正が多いと見た目が悪くなるため、最初から書き直す場合もあり手間のかかる仕事です
いざ調書を完成させても、上司から「こんな調書じゃ検事に怒られるぞ。やり直し」と命じられたりもします。犯人しか知り得ない犯行の具体的な様相が記述されていないとダメ、との考えがあるからです
今井被告の場合がどうであったのかは不明ながら、今回の心理鑑定がどこまで裁判官に受け入れられるかは疑問です
今井被告は3件の事件があったそれぞれの日、いずれもフロア担当者として1人で勤務していました。今井被告の勤務日に限って入居者が転落し死亡するケースが3回も続くなど不自然極まりないのであり、今井被告に疑いがかかるのは当然でしょう
心理鑑定の具体的な中身は分かりませんが、上記のように状況は極めて今井被告に不利であり、心理鑑定と1審前の精神鑑定だけを拠り所に死刑判決をひっくり返すのは難しいでしょう
事件を否認するのは今井被告の抱える発達障害による影響(強固な思い込み)ではないか、という気もします。自分はやっていない、自分はやっていないと繰り返し否定し続けた結果、自分は事件に関わってしないと思い込んでしまったのではないかと。ただし、これは逆の場合もありえます。警察官が繰り返し、「お前がやったんだろう」と詰問し続けた結果、自分が3人を殺害してしまったと思い込んでしまうケースも皆無ではないわけで
来年の判決がどうなるか、世間一般には関心がないのかもしれませんが、自分は正座をして待ちたいと思います

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