漫画「応天の門」第14巻伊勢斎宮編の感想
灰原楽作の漫画「応天の門」を第14巻まで読みましたので、感想めいたところを書きます。ネタバレも含みますのでご了承ください
第14巻は在原業平が伊勢に呼ばれたエピソードを取り上げています
「伊勢物語」では業平が「狩の使」として伊勢を訪れ、「斎宮なる人」と出会い、一夜の契りを結ぶ話になっています。これを「応天の門」ではどう描くのかな、と楽しみにしていました
通説・史実として
伊勢斎宮は帝の名代として伊勢神宮に祈りを捧げる立場であり、当然のこととして清く正しくあらねばならぬ人です。いわば若い女性アイドルが恋愛禁止を命じられるようなものです。この時、斎宮は清和天皇の腹違いの姉である恬子(やすこ)内親王が務めていましたが、彼女の母親が紀家出身であったため藤原一族に疎んじられ、都から追われるように伊勢へやられた経緯があったとされます。このとき恬子内親王はわずか10歳でした
伊勢物語とその後の歴史解釈では斎宮なる人と業平が契りを結び、子が生まれたので(斎宮が妊娠・出産したとは公にできないので)、伊勢国司であった高階峯緒の息子茂範の養子という扱いになり、それが後の高階師尚であるというのが通説です
作家髙樹のぶ子の小説「業平」も併せて読んでいるのですが、こちらの小説も概ね上記の通説に沿った内容になっています
「応天の門」での伊勢斎宮編
ところが「応天の門」では恬子内親王が伊勢神宮の若い神官見習いと恋に落ち、子を身ごもるストーリーとして展開します。娘である恬子内親王の妊娠を知った静子が都に書状を送り、伊勢神宮の祭祀にあたり帝の奉幣使として在五少将在原業平を派遣するよう仕掛けるのです
稀代の色男である業平を伊勢に招き、斎宮との色恋があったように偽装工作を演出する静子の企てなのですが、業平は事情をすべて聞き取った上でその醜聞を引き受けます
伊勢斎宮に手を出すという、神をも恐れぬ悪行と誹られるのを覚悟の上で醜聞を引き受ける業平の覚悟は漫画の中で丁寧に描かれており、作者の力量を感じさせます
ただし、斎宮が奉幣使業平を伴って神宮へと向かう絵巻のような見開きの絵は、CGによるコピペのためか、人物と馬が不自然に重なり合っていたりと、作画としては問題ありです。雑誌掲載時はともかく、コミック本にするにあたって修正しなかったのはなぜか、と言いたくなります
かくして若い恋人たちのために醜聞を引き受けた業平ですが、その心の中には若い日に藤原高子を連れて都から逃げ出すも、途中で捕らわれ高子を守りきれなかった己への忸怩たる思いがあったと第14巻ではほのめかされています
ただ前回も書いたように、せっかく平安朝屈指の歌人である在原業平を主人公に据えながら、和歌を引用しないのが残念です
「伊勢物語」では「斎宮なりける人」が業平に
君や来し我や行きけむ おもほえず夢かうつつか寝てかさめてか
と歌を贈り、業平が
かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとはこよひさだめよ
と歌を返しています
なので、こうした歌のやり取りを絡めれば、もっと物語を掘り下げ陰影のある展開にもできたのでは、と思う次第です
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