相次ぐ列車内殺傷事件は承認欲求の産物?

フリーライターの真鍋厚が小田急線などで続発した列車内殺傷事件について書いていますので取り上げます
コリン・ウィルソンの考えをベースに持論を展開しています。イギリスの作家・思想家コリン・ウィルソンは興味深い人物で、いつか本格的に研究してやろうと思いつつ、まだ手がついていない状態です。コリン・ウィルソンは16歳で学校をやめ、さまざまな職を転々としながら独学で学び、「アウトサイダー」などいくつも著作で世間の注目を集めるに至った人物です。独自の視点から生み出されたその社会観はサルトルの悲観的実存主義に対して楽観的実存主義といわれます
前置きはここまでにして、真鍋厚による「刺傷放火事件」論を読んでいきましょう


刺傷放火事件 メディアは犯人の片棒を担いでいる? 承認欲に踊らされないために
凶悪犯罪は古典的図式の枠内
一見、コロナ禍による社会の閉塞(へいそく)感が原因で凶悪犯罪が増加しているかのようですが、警察庁の「犯罪統計資料 2020年1〜12月分【確定値】」を見ると、殺人や強盗、放火などの重要犯罪の認知件数は過去5年間で2600件ほど減少しています。検挙件数や検挙人数も減少傾向、あるいは横ばいで推移し、例えば、2018年の検挙件数は8908件、検挙人数は7373人ですが、2020年は順に8369件、7317人といった具合であまり大きな変化はありません。
ここで重要なのは、これらの犯罪が古典的な図式に収まるということです。「自尊心を権力意志(他を征服・支配し、自己生存の維持と拡大を図ろうとする生の根本衝動)の実現によって回復することを主な目的とし、それらは他者からの承認を当てにしている」という構図は「殺人研究」で知られる英国人作家のコリン・ウィルソンが「20世紀以降に出現した犯罪の典型だ」と指摘しています。
「高度に支配的な人格が犯罪を犯すのは、犯罪行為そのものが授けてくれる目的感のためなのである。彼は部分的な(完全でない)自己イメージのみじめさというものに気づいていて、あらゆる人間と同じように、そのことを他人のせいにしがちである。従って、犯罪行為はそういう彼のイメージを強化する作用を有するだけでなく、自分は筋道だった行動をしているのであり、罰せられて然(しか)るべき社会に罰を加えているのだという快感をも彼に与えてくれる」(「現代殺人の解剖 暗殺者(アサシン)の世界」中村保男訳、河出書房新社)とウィルソンは述べています。
自己イメージはあくまで、周囲との関係性に依存しており、「自分とは何者か」というアイデンティティーと密接に結び付いています。社会から拒絶されているという思い込みや、自分は誰からも理解されない存在であるという欲求不満の高まりが、自己イメージをすぐにでも手当てできる、急ごしらえの打開策を呼び寄せるのです。
その心理について、ウィルソンは「なんとしても支配(コントロール)感を回復しなければならぬという緊急な必要を感じる。そこで、自分の支配感を回復してくれるものなら、どんな行動でも、その当座には正当化できるものと思われる」(前掲書)と表現しています。京王線の事件の容疑者が「(米国の漫画「バットマン」の登場人物の)ジョーカーに憧れていた」「人を殺せなくて悔しい」などと供述していたことから、劇場型犯罪のアイコンといえるバットマンの宿敵ジョーカーになりきることで自己イメージを取り戻そうとしたと考えられます。
小田急線の事件では、容疑者の「幸せそうな女性を見ると、殺したくなった」などとの供述から、「ミソジニー(女性嫌悪)犯罪」「フェミサイド(女性を標的にした殺人)」という見方が識者から出されました。しかし、報道によると、犯行の引き金になったのは、犯行当日の日中、東京都新宿区の食料品店で女性店員に万引を通報されたことでした。その腹いせに女性店員を殺そうと店に戻ったものの、すでに閉まっていたため、「電車で人を殺そうと思った。電車は逃げ場がなく、大量に殺せると思った」といった動機で犯行に及びました。
このことから、犯行のプロセスが行き当たりばったりだったことが分かりますし、先述の「なんとしても支配(コントロール)感を回復しなければならぬという緊急な必要」に促された面が強いといえます。それに伴い、殺害対象も「大量」へと拡散したのです。
「暴力的アイデンティティー」とは何か
かつて、米国における銃乱射事件について、社会科学雑誌「ニュー・アトランティス」の編集者アリ・N・シュルマンはウォール・ストリート・ジャーナルのコラムで、乱射犯の目的は「政治的主張を除いたテロリズム」であるとし、「こうしたことは乱射事件がある種の演劇であることを示唆している」と述べました。
「乱射犯の目的は、その行為を通じてメッセージを伝えることにあるのだ。世の中がいかにして、自分をその犯行に駆り立てたかという物語を作り、それが真実だと自らを納得させなければならない。最終段階は、その物語を他人用に練り上げ、口頭での事前警告、犠牲者たちへの挑発的な言葉、報道機関向けに作られた声明文などを通じて伝えるのである」(大量殺人犯の目的とは――その理解が再発防止に/2013年11月12日/WSJ)
ここには、重大な事件を引き起こすことによって、重要な人物になろうとする恐るべきトートロジー(同語反復)が貫かれています。つまり、逸脱行為のスケール自体がメッセージとなるため、犠牲者数や被害の深刻さが自己の主張に正当性を与える材料と化すのです。
(中略)
ソーシャルメディアの破壊的な影響力が増大する中で、誰もがアテンション(注目)を尊ぶシステムを内面化しつつあります。そもそも、近代社会においては、さまざまな挫折や諦念によって、社会から正当な評価を得ていないと感じる者のうち一定数の者が、逸脱者という、社会を震撼(しんかん)させる立場に置くことで正当な評価を得ようと思わぬ行動に出ます。彼らは多くの場合、私たちと同程度かそれ以上に、他者に何がしかの印象を残すことに苦心しているにすぎないのです。


犯行形態の類似性といった外見的な特徴だけ見れば、そうなのでしょう
ただ、犯行に至る経緯の中にある力動(人格、性格、人生経験や葛藤など)は人それぞれであり、一括にして扱うのはどうかと思ってしまいます
ならば、むしろ犯人ごとの差異にこそ注目するべきなのでは?
一括にして◯◯型犯罪だ、と決めつけるのは楽なのでしょうが、それでは何も見えてきません
同じく列車内で事件を起こした犯人であれども、新幹線の中で3人を殺傷した小島一朗受刑者と、小田急線事件の対馬悠介容疑者、京王線事件の服部恭太容疑者とでは生まれも育ちも異なり、犯行に至った経緯も違います。これを無視して◯◯型犯罪と断じるメリットが自分には理解できないのです
小島一朗受刑者は死刑になりたい、自分の存在を消し去りたいと希求して犯行に至ったと考えられ、英雄になりたかったわけではありません。むしろ、目立ちたくなどなかったのでしょうし、何かを支配しようなどと考えもしなかったのでは?
京王線事件の服部容疑者の場合、ジョーカーの何を理解しどこに憧れたのか、よくわかりません。ジョーカーなる存在を読み違え、誤解していた可能性すらあります

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