「千と千尋の神隠し」考察 千尋という存在(Ⅱ)
気になっていた刑事事件の判決や控訴審の結果など相次いだため、間が空いてしまいました。宮崎駿監督作品「千と千尋の神隠し」を考える2回目です
前回と同様に、有田和臣仏教大学教授の論文を参考にさせていただきます
「この作品は千尋の成長譚ではない」と言う、宮崎駿の思惑はいったい何であるのか、その答えを探します
「千と千尋の神隠し」論ー「千の顔を持つ英雄」とニュータウンの幻影ー
有田論文ではニュータウンの勃興から衰退まで詳細に語られており、それはそれで興味深いものがあります。自分も論文に登場する桃花台ニュータウンの中古マンションの価格を、住宅情報サイトで検索してみたりしました(お買い得なのか?)
さて、今回は千尋と湯婆婆の息子「坊」の対比です
(論文22ページ)
坊の部屋は玩具やお菓子であふれかえり、湯婆婆からは「おんもに行くと病気になる」と教えられ、部屋から一歩も出たことがない。つまりきわめて過保護に甘やかされて育っている。すると、坊が赤ん坊のままであるのは、過保護に過ぎるため精神的に成長していないことの象徴であると考えられる。心が成長していないから、この異界では外貌も年を取らず赤ん坊のまま、しかし実年齢は重ねているから身体は大きくなり、それが巨大な赤ん坊というアンバランスな外貌となってあらわれているのだろう。千尋も甘やかされ過保護気味なのは同じである(挨拶の仕方をしらず、雑巾がけもできず、ロープをうまく結ぶこともできない)。坊と千尋はその意味で同類であり、それぞれ現世と異界で育った、双生児的存在、すなわちパラレル・キャラクターのようなものかもしれない。
千尋が「何もできない甘ったれ」であることを強調するため(デフォルメとして)、坊というキャラクターを出したのでしょうか?
あるいは現代社会のこどもたち全般を総じて、坊のような精神的未熟さのままにあると、宮崎駿は言いたかったのでしょうか?
有田論文では、「これは現代日本の子どもおよび若者の状況に対する風刺であるからだ」と指摘しています
(論文22ページ)
千尋は坊をともない外の世界に出かけ、鉄道の窓から外界を見せ、自分であるくことを学ばせる(「肩にのっていいよ」と言う千尋を無視し、坊が自分で歩くことを選ぶ)。銭婆の指示のもと、労働によって何かを作り挙げること(できあがったのは「千尋の髪どめ」だった)を学んで坊は、最後には立てるようになって湯婆婆を驚かす。
「千と千尋の神隠し」を「現代日本の子どもおよび若者の状況に対する風刺」の物語だとするなら、これは千尋というアニメの中の少女の成長譚ではなく、「現代日本のこどもおよび若者の成長の可能性の物語」だと解釈すべきなのかもしれません
おそらくは、「いまどきのこどもは」とか「いまどきの若者は」という、説教めいたジジイ(宮崎駿)の繰り言も含まれているのでしょうが
(論文24ページ)
つまり千尋は象徴的に、カオナシを助けることによって両親を助け、河の神を助けることによってハクを助け、坊を助けることによって自分を安桁、ということになろう。それをさらに深層的に見れば、われわれ現代日本人が新たな生き方の選択をする可能性を、千尋によって提示された、ということでもあるだろう。
誰かの成長が別の誰かの助けになる、と考えるのなら世の中は捨てたものではないのでしょう
もちろん、そうした良い方向にだけ歯車が噛み合うとは限らないのであり、誰かが成長を放棄してダメになれば他の誰かもダメにしてしまうという逆の波及効果も考えられます。その意味では現代日本社会の片隅に潜む、無気力な若者は放置して切り捨てればよい、というわけにはいかないとも考えられます。
1人の千尋(10歳の女の子)のささやかな勇気が社会を変える力になるかはともかく、この作品を多くの人が観て感じるところがあったとすれば、少しは世の中の風向きが変化したのかもしれません
ところで有田論文の最終章はユングによる英雄譚の分析の方法とハリウッド映画のシナリオ作成法の話ですが、これが割愛します
論文の最後に付記として、この論文が市民講座での講演を加筆したものであるとあり、その講演のサブタイトルは「脱マネーゲーム社会の物語」となっています
「マネーゲーム社会を皮肉ってやろう」という宮崎駿のイジワル爺さん的発想が作品の根底にあるとしても、千尋とその両親をバブル崩壊でどん底に叩き落として終わりとするのではなく、きちんと現世へ帰還させているのですから、こども向けアニメーション作品としての規範を遵守しているといえます
この作品は千尋の成長を介して、現代社会に生きる子どもたちや若者の可能性を示唆しているのかもしれません。つまり千尋だけの成長譚ではなく、次の時代を担うこどもたち、わかものたちの成長を思う物語であろう、との考えを自分の結論として提起しておきます
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