世田谷一家殺害事件 メディアの功罪

未だ容疑者の特定にも至ってない世田谷一家殺害事件は、今年で20年という節目でもあり、各メディアが記事を掲載しています
それらの記事では、捜査本部が指紋に執着したため聞き込みなど犯人の足取りを追う捜査が疎かになった、とする警察関係者の告白が軸になっており、いずれも似通った内容です
記事の元ネタは成城警察署長で退職した人物で、各メディアに自分の私見を売り込んだ結果(慣用句としての表現です。ネタを提供して報酬を得たという意味ではありません)なのでしょう
捜査の指揮にあたる者が入れ替わるたび、捜査方針が揺れ動いたとの指摘はもっともらしく聞こえます。が、この人物の私見が事実であるかどうか、各社が裏取りをしているかどうか、怪しい気もします
20年前の事件に再び光を当て、容疑者につながる目撃証言などを呼び起こすという意味ではメディアの果たす役割は大きいわけですが、裏付けのないまま一警察関係者の私見を、事実であるがごとく報道するのはどうか、と思ったので書いています
確かにこの元成城警察署長の話には重要な内容が含まれています
それは遺伝子情報をどこまで捜査に利用するか、という部分です
個人情報保護法制定にあたり、遺伝子情報の取り扱いに関するガイドラインはあるものの、刑事事件の捜査や裁判で遺伝子情報の扱いがどうなるかは未だ明確になっていないところがあります。遺伝子情報の収集はどこまで許されるのか、どのような収集は違法になるのか、どこまで証拠能力が認められるのか、これらの運用は個々の裁判による判例の積み重ねによるべきなのか、あるいは刑事訴訟法を改正して明記すべきなのか…
今回はそこへ踏み込まずにおきます
さて、今回取り上げるのは週刊文春、月刊文藝春秋の元編集長だった木俣正剛の書いた記事です。省略した前段部分では、世田谷事件の容疑者の遺伝子情報について書かれていますので、関心のある方はそちらも目を通してください。自分は後段の、事件を扱ったドキュメンタリー本の方を取り上げます


世田谷一家殺害事件から20年、真実にここまで肉薄していた捜査の全貌
(前略)
一方、世田谷一家殺人事件では、極めて危険な誤報も発生しました。韓国人犯人説、中国人犯人説など、当時増加していた国内で働くアジア人系の犯人グループがいるという報道が盛り上がったのです。草思社が出版した『世田谷一家殺人』は韓国人などアジア系の住民の犯罪という説を断定的に書いて、ベストセラーになりました。
それ以前にも、文春以外の週刊誌が同じようなことを書き、文春の読者やテレビの情報番組も注目。公安関係者とか、警察庁関係者といった匿名の情報源を根拠にして書かれている本なので、我々も検証のしようがありません。「なぜ、文春はアジア系外国人犯人説を書かないのか」と周囲からは何度も聞かれる状態でしたが、森下記者からは「絶対そのような捜査結果は上がっていない」という報告がありました。
そしてとうとう、警視庁捜査一課長がこの本を名指しで全否定し、ようやくこの説は下火になりました。人は本当の事実より、信じたい事実を読みたがる。フエイクニュースの恐ろしさを思い知りました。
週刊誌発の雑誌やノンフィクションの匿名のニュースソースによる報道は、記者との信頼関係なくしては成立しません。ある週刊誌で、亡くなった人物の追悼記事を書いていたアンカー(注)が、あるデータ原稿が面白かったので、もっと取材しようとそのデータ原稿のネタもとに直接電話をしたところ、証言したはずのその人物はすでに亡くなっていた……というのです。
つまり、そのデータ原稿を持ってきた記者は、匿名の関係者をデッチあげ、読者が読みたい事実を取材情報としてあげていたということになります。匿名だと、その証言が正しいかどうかの検証のしようがありません。
(以下、略)


記事で指摘している草思社の本は「世田谷一家殺人事件―侵入者たちの告白 」(齊藤 寅著)だと思われます
こうした類の犯罪ドキュメンタリー本、実録物は世に多く出回っているのですが、どこまでが事実か疑わしいものが少なくありません
と、書いている自分もこうした本は好きであり、読みます。が、あくまで読み物として接するのが基本であり、すべてを真に受けたりせぬよう用心しています
この「侵入者たちの告白」について警視庁の捜査一課長は、内容は全般にわたり根本的に事実と異なると批判し、被害者宅への侵入から殺害方法、犯人が自ら行った治療行為、パソコン操作、逃走方法、被害者の行動、遺留品、指紋など、重要部分がことごとく事実と異なり、誤解を生じさせ今後の捜査にも悪影響を与える懸念があると、コメントしています
本の中には被害者の母親のコメントも登場するのですが、母親は斉藤の取材には応じていないと明かしており、完全なでっちあげだと露見しています
アジア系犯罪組織による犯行、というのは1つの可能性ではあるのでしょう
ただ、その仮設を売り込みたいがため、あれこれでっちあげて読者をミスリードするのは大間違いです
事件を忘れないため、世間の関心を呼び覚ますためメディアの果たす役割は大きいだけに、こうしたでっちあげの本が出回るのは残念です

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