中国は「ノルウェイの森」をどう読んだのか2
前回に参考にした許翠微による別の論文「村上春樹の 『ノルウェイの森』 と衛慧の 『上海ベイビー』 の比較考察」を取り上げます
「上海ベイビー」は一時期話題になった小説ですが、現在ではほとんど話題にもならず、ブックオフで1冊100円で売られています。自分はそれを購入して読みました。東京辺りの女子大を出た学生が風俗嬢として働きながら小説を書いたら、こうなるのかなと思わせる作風です
もちろん、当時の中国にすれば社会的な害悪の塊、と呼べる小説でしょう(これには後で触れます)
中国で「上海ベイビー」は風紀を乱す書籍として発禁になり、作家衛慧はストーカー化したファンに追いかけられるとかで表舞台から姿を消しています
「上海ベイビー」は村上春樹の作品の影響を受けたものと考えられ、中国でいわゆる村上春樹風の小説が雨後の筍のように登場する走りになったと考えられています。それゆえ、「ノルウェイの森」と「上海ベイビー」を比較して論じようとする研究が出現するわけです
村上春樹の 『ノルウェイの森』 と衛慧の 『上海ベイビー』 の比較考察
https://st.agnes.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=2393&item_no=1&attribute_id=109&file_no=1
https://03pqxmmz.seesaa.net/article/202011article_35.html
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「海辺のカフカ」 自己愛の行方
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https://st.agnes.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=2393&item_no=1&attribute_id=109&file_no=1
いつものように部分的に引用したかったのですが、PDFファイルからのコピー&ペーストがうまくいきませんでしたので、省略します
お手数ですが、関心のある方は上記のアドレスからPDFファイルをダウンロードして開いていただくようお願いします
さて、第2章では「ノルウェイの森」から影響を受けた内容を指摘しています
その中身が随分と陳腐なので、驚かされます
曰く、「ノルウェイの森」の主人公がワインを飲み、コーヒーを飲み、アメリカ音楽を聞くように「上海ベイビー」の主人公の私生活も外国ブランドにまみれてる、との指摘です
これは筆者の年代から見れば異端であり、資本主義的な退廃した生活にまみれている(でも、うらやましい)と言いたいのでしょう
ただし、日本人の感覚からすればそんな部分を指摘して、「類似している」とか「影響を受けている」と安直に決めつけられるものなのか、と言いたくなります
「コーヒーを飲んだ」と書くだけでアメリカかぶれだと騒ぐとは、どれだけ貧しい文化なのか
もちろん、2000年代生まれの上海っ子からすれば、村上春樹の小説に登場する生活様式に特に違和感はないのでしょうし、退廃的だと騒いだりはしないはずです
第3章では2つの作品の比較が行われ、ポストモダン小説の「孤独感」という共通項に触れた中国の研究が紹介されています
また、村上春樹が日本文化をベースにしながらも西洋文化を取り入れ、翻訳家として欧米文学に親しんできた云々と、文化的背景を説明する一方、衛慧も上海という国際都市に暮らし、西洋のライフスタイルに馴染んでいた云々と説明する研究も紹介されています(これが何の役に立つのか、不思議です)
ともかく、外見的な特徴をいくつか並べ、「影響を受けている」と論じる研究に何の価値があるのかと言いたくなります
おそらく、村上春樹のスタイルを踏まえた「上海ベイビー」という小説の登場に中国の研究者たちは驚き、それでもその真価は認めたくなくて欠点をあげつらい批判し、しかし憧れを禁じえないという倒錯した感情に支配されたのではないか、と想像します
中国のアニメーションが「垂訓」を基本としている話は以前にも書きました
つまりこどもたちが視聴するアニメーションは教訓を与え、こどもたちを善導する内容でなければならない、という大前提です
科学的社会主義建設を標榜する中国にあっては、同様に文芸作品は社会を善導するものでなければならず、思想的にも倫理的にも正しい内容が求められるのでしょう
村上春樹の小説はその基準から外れるのですが、ノーベル文学賞候補と目されているがゆえに批判して排除するわけにはいかず(作品に共感する中国の読者も多いため)、芸術作品として批判の枠外に置かれているとの指摘もあります
ただ、「上海ベイビー」は残念ながらそのような扱いは受けず、発禁となってしまいました
それでも筆者のように、村上春樹のスタイルをいち早く取り入れた才能を無視できない、と感じている研究者がいるのだと解釈します
その後、村上春樹のスタイルを真似た新人作家が雨後の筍のように現れた…というオチなのですが(村上春樹のスタイルを真似た作家が出現するという現象は中国だけでなく、多くに国で観察されています)
さて、結論として許翠微は村上春樹の「ノルウェイの森」を芸樹品と位置づけ、衛慧の「上海ベイビー」は日常用品だと指摘しています。2つの作品に接点はほとんどなく、「ノルウェイの森」から「上海ベイビー」は直接影響を受けていない、と
何とも苦しい結論であり、いいわけのような話です
言わずもがなですが、当局が検閲して発禁処分にした小説を「芸術品」だと持ち上げるような行為は反政府的な言動であり、大学人として職を失う危険が伴います。なので、「上海ベイビー」を大々的に持ち上げる真似はできないわけです
政治に左右される「読み」も、中国という国の一面を如実に示すものと受け止めなければなりません
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