「ナウシカとニヒリズム」を考える
重田園江は明治大学経済学部教授で専門は現代思想です。学習院大学の入学試験に重田園江の著作「隔たりと政治」の中の「ナウシカとニヒリズム」が出題文として取り上げられ、話題になったのを記憶している方もおられると思います
原文は引用できませんので、そのダイジェストを紹介し、考える材料にします
ダイジェストは斎藤隆氏のサイトに掲載されたものを利用させていただきます
なお、ニヒリズムとは何か、を語ろうとすればとてもスペースが足りません。ニヒリズムの定義、意味を読者の方々は理解されているものとして進めます
現代文最新傾向LABO 斎藤隆
予想問題「ナウシカとニヒリズム」重田園江・2014学習院大過去問
(前略。番号は斎藤隆氏によって振られた文節を示す数字。大まかな粗筋とナウシカの思考のゆらぎ、変遷が紹介されている)
【16】ナウシカがもとの世界に帰るきっかけは、彼女が愛した小さな生き物の名を思い出すことだった。この小さな生き物が息づく世界に戻ることは、愚かな殺戮を行い世界を焼き尽くすことで、一時でも疑心から解放され、小さな虚栄心を満たそうとする人々の思惑の渦の中に、再び飛び込むことを意味する。
【17】それを承知で、彼女はこの世界を選び取るのだ。ナウシカははじめから、逃れられない運命に否〔R〕なく巻き込まれる人間としては描かない。
【18】物語の終わり近く、ナウシカは「森の人」と呼ばれる種族の少年に、世界の秘密を握る森で一緒に生きてほしいと誘われる。彼女の返答は、「あなたは生命の流れの中に身を置いておられます。私はひとつひとつの生命とかかわってしまう」というものだ。このときも彼女は「こちらの世界」にとどまることを選択する。
【19】ナウシカは旅の中で、世界の悲惨、人々の愚かさ、移ろいやすさ、思慮のなさ、無軌道な欲望といった真実を、そこここに積み重なる死体とともに見てきた。
【20】こうした体験は、一見相異なるが根は共通する二つの考えに帰着しうる。一つはトルメキアの王子たちに見られるものだ。彼らはこの世界の外に楽園を探し、そこに安息の地を見出すことで、嫌な記憶をすべて消し去ってしまう。もう一つは、ナウシカを誘う虚無の語りとしてくり返し現れるものだ。虚無は、現実の苦しみや悲しみには何か人知を超えた意味があるのだと信じ込ませようとする。これは人が宗教にすがり来世での救済を求める際、しばしば寄りかかる理屈だ。この考えによるなら、この世が汚く苦しみに満ちているほど、救世主の到来は近い。
【21】ナウシカはどちらの態度も決して受け入れない。それらはいずれもこの世界の外部を拠り所に、現実世界そのものを見ないですますからだ。そしてこれこそニヒリズムの本質なのだ。ニヒリズムとは、この世界が苦しみに満ちていることを、恐怖や臆病(おくびょう)ゆえに直視しない態度だ。そこから、世界の外側に苦しみの根拠を求め「意味」をねつ造するか、現実を忘却させる楽園に逃げ込むかはどちらでもありうる。私に分かるのは、ニヒリズムは戦場に特有のものではないということだ。 むしろ日常のあちこちにあって、無関心や逃避や安易な意味づけの形で、私たちの心にするりと忍び込む。
【22】C ニヒリズムは危険すぎる。これこそ、ニーチェが一九世紀末にまさに生命を賭けて訴えようとしたことだ。宮崎駿はニーチェのよき理解者として、戦いの寓話の中でニヒリズムに抗する物語を再び語ったのだ。」
(重田園江『ナウシカとニヒリズム』 )
入試問題という枠を取り払い、漫画版「ナウシカ」におけるナウシカの行動を考えましょう
ナウシカの最終選択こそ、ニヒリズムに対する1つの答えです
それはシュワの墓所がデザインした未来の図式を拒絶し、打ち壊すこと。それによって人類は決して「青き清浄の地」に到達することはかなわず、死に淵で怯え、苦しみながら生きるしかないという苦難を選択することです
ただし、ナウシカは人々が望む救世主を演じたり、あるいは偽りの福音を与えようとは考えなかったと推測します。彼女が選んだのは死の淵で怯え、苦しみながら生きる人々に寄り添う途です
徒に理想を語ったり、救済を説くのではなく、今の苦しみと向き合い、日常に迫りくる苦難を1つ1つともに乗り越えようと努めること。それがナウシカの選択なのだろうと考えます
もちろん、ニーチェがそれをニヒリズムの克服と承認するかどうかは別の話で
宮崎駿が「ナウシカ」の物語を描き終えて、何を手にしたのかは分かりません。それでもアニメーションを作り続ける覚悟、というものが定まったのではないか、と想像します
アニメーションは子供向けの娯楽という扱いで、実写映画より格段下に見られる風潮がまだ根強かった時代です
どれだけ心血を注いだ作品を完成させようとも、「所詮はアニメだから」と片付けられてしまう時代に、実写映画を超えるだけの劇場版アニメーションを完成させようとした宮崎駿の覚悟はどれほどのものであったか
まさに宮崎駿自身が己の行動でもって、ニヒリズムに抗ってみせた、と言えるのでしょう
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