日本アニメのソフトパワーを考える

2013年から2016年頃にかけて、日本の漫画やアニメはソフトパワーとして有効、有用であるといった議論が存在した記憶があります。が、最近はソフトパワー云々という話が聞かれなくなりました。世の中には流行り廃りがあって、かつてのようにソフトパワーを重視する風潮が退くとともに、軍事力のようなハードパワーが前面に出てきているからなのでしょうか?
アメリカのトランプ大統領のように中国を敵視し、対立を煽ることによって国民の支持を取り付け、政権を維持しようとするゆえ、ソフトパワーよりハードパワーに依存しようとする傾向が顕著になるのかもしれません
さて、前置きはともかく、ソフトパワーなるものをもう一度考え直してみようという試みです
2015年のプリンストン大学教授デビット・レーニーによる小論を取り上げます


日本のアニメ、“ソフトパワー”としての実力を問う
(前略)
ハードパワーの過大評価と「正統性」への固執
それでも外交の専門家たちがソフトパワーの概念をもてはやす現象は、学者の注意を引く。なぜ人々は―官僚や経験豊かな政治家を含めて―ソフトパワーを過大評価し、自国の文化で魅了するという考えに取りつかれているのだろうか。
米国と日本の例は、その理解の一役を担うかもしれない。両国とも、紛れもない大国で、ハードパワーを行使している。つまり米国には軍事力・経済力、そして日本には経済力があるからこそ、多くの国が両国の怒りを買うことは避ける。それなのにどうして日本も米国もソフトパワーだの、他国は自分たちに好意的かなどということを気にするのだろう。マキャベリでさえ、愛されるより恐れられることのほうが役に立つと言っている。それなのになぜ、すでに十分畏怖されているはずの両国は、愛されることまで求めるのか。
ソフトパワー概念がもてはやされるのは、国際社会においては国力の大小を問わず、「正統性」(legitimacy)が鍵だということを示唆している。つまり、力を行使する国にとって、自分達の行為が道理にかなっていて正当だと信じることが重要なのだ。自分たちが信奉する民主主義、ヒューマニズム、ジャズ音楽、アニメなどが、他国で受け入れられているという状況がその根拠となる。その意味でソフトパワーは、ゆがんだ鏡に映し出されたハードパワーの姿だともいえる。
落ち目になると台頭するソフトパワー論
このことは、ナイ教授が「ソフトパワー」を提唱したのが、経済成長を続ける西ドイツや日本に対して米国の力にかげりが見えてきた頃で、米国の評論家や政府関係者の多くが不安を抱いていた時期だったことからもわかる。日本では、中国の国力が高まり、対外的に日本が落ち目に映るという懸念が強まったときに、このソフトパワーの概念が広まった。
いずれの場合も、ソフトパワーは、幼児にとってのお気に入りのぬいぐるみのようなものに思える。つまり、ライバルたちがいまだ持ちえない国際的な正統性を保持している、という感情的な支えになっている。
日米両国において、ポップカルチャーを通じて、自国の明確で一貫した価値観がわかりやく他国民に伝わり、受け入れられるという思い込みがあるが、それはあらゆる面で間違っている。そもそも価値観がそんなに明確になるわけがないし、しかも政府が期待するような形で、米国・日本発の文化を理解して敬意を表するなどあり得ない。
広く薄い浸透こそが、ソフトパワー力
だからといって、ポップカルチャーが政治的に重要でないと言っているわけではない。その影響力は、ソフトパワー論が想定するような、外交に利するような実質的なものではなく、広く薄く(diffuse) 浸透しているものだ。
ここで、2000年のウォン・カーウァイ監督の名作『花様年華(In the Mood For Love)』を例に挙げたい。(※1)1960年代の香港のアパートが舞台となっているこの映画には、ヒロインが、日本に出張していた夫の土産として、素晴らしい発明品―電気炊飯器―を隣人たちに紹介するという印象的な場面がある。アパート中が即座にこの話題で持ちきりになり、みんな自分たちも炊飯器が買いたいと言い出す。この炊飯器が日本製だということを、特に羨望や興奮、対抗意識もなく受け入れている。
彼らは、この日本の発明品によって一変する自分たちの日常生活を思い描く。あたかも、自分たち香港の中流家庭の未来は炊飯器の有無にかかっているかのように。この場面が示唆しているのは、当時の東京、大阪、その他の日本の都市における中流家庭の生活が、香港市民がこうありたいと目指す理想だったということだ。もちろん、これは際だった文化的影響力の一例だ。
しかし、このような影響力は、日本、そしてどの国の政府であろうと、行使できるようなものではないし、自国製品が海外で人気を得たところで、他国の消費者を自分達の思い通りに動かすことなどできやしない。
私は、あくまでも広い意味で、アニメやマンガが学生たちに影響を及ぼしてくれることを願っている。ただ、日本の最新アニメシリーズに感動することが、日本の政策を支持することにはつながらないし、K-Popファンが韓国の外交政策を支持することにもならない。
同様にNBA(米プロバスケットボール)のファンだからといって、米国のイエメンでの無人機攻撃の支持者というわけでもない。そんなことを想定するのは馬鹿げている。一方で学生たちは、こうしたさまざまな文化を楽しむことで、新たな想像の世界に触れ、自分たちの生活を違う視点から捉え、また慣れ親しんできた環境に新鮮な問いを投げかける機会を得るのだ。


要はソフトパワーなるものを過大視するな、という警告です
「ドラえもん」や「千と千尋の神隠し」が海外で人気だからとしても、それぞれの国が日本の味方になってくれるはずはないのですから
ただし、ソフトパワーを重要視している人たちはいまでも数多く存在しており、いくつものシンクタンク、リサーチ会社が世界各国のソフトパワーを評価し、ランク付けして発表しています
今年2月28日付けの中国メディアは以下のように報じています


世界ソフトパワーランキングが発表、中国の順位は?
英国のブランド・ファイナンス社は25日、世界上位60カ国のソフトパワーに関する最新の研究報告書「世界ソフトパワーランキング2020」を発表した。トップ5は米国、ドイツ、英国、日本、中国となった。科技日報が伝えた。
ソフトパワーの重要性は近年、多くの人から認められ・重視されている。しかしその具体的な中身と定義については、世界各国の政治家、学者、経営者などによって理解が異なる。ブランド・ファイナンスはソフトパワーの定義を、一国が強制的な手段ではなく引き付けまたは説得により、国際社会における各行為者(国、企業、社会、公衆など)の選択傾向と行為に影響を及ぼす能力としている。同社はビジネスと貿易、ガバナンス体制、国際関係、文化と遺伝、メディアと情報発信、教育と科学、民族と価値観をソフトパワーの7大重要支柱としている。知名度、影響力、国際的な信頼などを、一国のソフトパワーの最も重要な評価指標としている。アンケート調査によって得られた100数カ国の5万5000件以上のデータを収集・整理・分析した。
スペイン・マドリードのIEビジネススクールの教授を担当する世界のオピニオンリーダーのピーター・フィスク氏は「中国はまだ5位にとどまっているが、急上昇しており、現在の影響力指標は米国に次ぐ2位だ。中国の世界ランキングは今後10年で2位もしくは1位に浮上する可能性が極めて高い」と述べた。
(人民網日本語版の記事から引用)


中国のソフトパワーが近い将来、世界1位になるなんて信じられないのですが(悪夢のような状況です)、中国政府は大いに期待しているのは確かでしょう
さて、日本のアニメや漫画が世界各地で人気を得ているとの話は頻繁に語られます。が、その人気が政治や外交に影響を及ぼしているかは微妙なところです。今年、コロナウィルス感染がなければ、来日する外国人旅行者は史上最高の数になっていたはずです。旅行収支はオリンピックも相まって多額の黒字になったでしょう
ただ、新海誠のアニメが評判になったとして、それが世界にどれだけ影響を及ぼすものか?
環境少女グレタさんが目を三角にして怒鳴り散らした方がインパクトは大であり、日本のアニメや漫画が環境問題に及ぼす影響は大きくありません。「進撃の巨人」や「鬼滅の刃」など、毎年、話題作を提供してはいますが、ソフトパワーとして力不足であり、過剰な期待を寄せるのは間違いです
それでも地道に良作を提供し続けることで、日本のアニメや漫画の地位は確固たるものであり続けるわけですし、信頼を得られるはずです

(関連記事)
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