高畑勲監督を追悼する中国メディア
宮崎駿監督についてあれこれ書いてきましたが、高畑勲監督についてはほぼ取り上げてきませんでした。特に他意はありません。しかし、「火垂るの墓」があまりにインパクトがあり、他の作品(「ホーホケキョ となりの山田くん」など)を取り上げる気にならなかったのが本音です
少し時間が経ってしまいましたが、中国メディアの追悼記事を引用します
少し時間が経ってしまいましたが、中国メディアの追悼記事を引用します
日本の巨匠・高畑勲氏のアニメ映画と功績―中国メディア
2018年8月20日、中国社会科学網は高畑勲氏のアニメ映画について分析する記事を掲載した。以下はその概要。
今年4月、日本の著名なアニメ映画監督である高畑勲氏が亡くなった。日本国内で宮崎駿氏と並ぶアニメ映画の巨匠として、宮崎氏、鈴木敏夫氏らと共にスタジオジブリを設立しただけでなく、「かぐや姫の物語」、「平成狸合戦ぽんぽこ」、「ホーホケキョ となりの山田くん」、「おもひでぽろぽろ」、「火垂るの墓」などの優秀な作品を手がけ、「日本アニメの黎明期を支えた巨匠」と呼ばれている。その作品には、芸術性と思想性が体現されており、世界の映画界からも広く称賛されている。
高畑氏のアニメ映画は、リアリズムにのっとり、庶民の生活に着目して平凡な生活の細部から人の感情を掘り出し、そこから人生の哲理や詩趣を描いている。例えば、「ホーホケキョ となりの山田くん」では、山田一家の日常生活を通して、家庭倫理、夫婦関係、親子関係について深い研究がなされている。この映画はホームビデオのようで、日常生活の一コマを記録し、人情や世の中の辛酸を反映している。
リアリズムに基づき、高畑氏はアニメ映画を現実空間に近づけると同時に、一切の感動化や疑似体験を拒絶している。高畑氏は、アニメ映画の創作には客観性が必要で、観衆と主人公を完全に同化してはならず、観衆と一定の距離感が必要だと考えていた。そうすることで、判断力や理性を保ち、主体的に想像力を発揮し、人物の感情をおもんぱかることができる。これがいわゆる同情式の感情投射であり、「かぐや姫の物語」がその典型だ。
高畑氏は「映画人九条の会」の主要メンバーだった。反戦、平和の呼びかけは高畑氏が堅持した信念であり、この点は「火垂るの墓」の中で十分に体現されている。この作品は、日本の庶民が経験した戦争による苦難に焦点を当てており、日本が他国に与えた惨劇には触れていない。この点から、日本の映画界が被害者意識だけを宣伝し、加害者意識を軽視する限界性が分かる。とはいえ、現在のように日本の軍国主義の影響がいまだに残り、右翼勢力が声を大きくしている中で、「火垂るの墓」のような感情に訴える反戦作品は、その重要な思想価値をより際立たせている。
人と自然の共存も、高畑氏のアニメ映画のもう1つの重要なテーマだ。94年に完成した「平成狸合戦ぽんぽこ」は、動物の立場からユーモラスな手法によって、人類が現代化の過程で自然の生態バランスを破壊してきたことへの深い反省を描いている。このように、子どもの思考パターンで大人に「大人の童話」を聞かせることは、高畑氏の反人類主義の思想を含んでいると言える。
高畑氏のアニメ映画作品は、どれも文学的色彩が色濃い。「ホーホケキョ となりの山田くん」では、高畑氏の文学に対する思いが日本古典の詩や俳句の使用に体現されている。各エピソードの終わりに、松尾芭蕉や与謝蕪村などの俳句を入れることで、ありきたりの家族生活と春夏秋冬の四季の移り変わりが関連付けられ、平凡な生活では気にも留めない俳句の形式が、一瞬の孤独や寂しさの美しさをより高めている。
「幽玄」も日本民族が古来より文芸作品中に一貫して有している独特の審美観だ。「おもひでぽろぽろ」の中で、故郷へ帰ったタエ子がベニバナを摘んでいる時に、農作業をしていた老人にならって太陽に向かって手を合わせ、目を閉じて祈る場面がある。これはこの映画の中で間違いなく最も敬虔(けいけん)な場面だ。素朴な場面だが、多くの要素が集まって妙子の大自然に対する情愛を体現している。このちょっとした動作が、内省と信仰の世界を感じさせるものとなっている。
(レコードチャイナの記事から引用)
以上、劇場版の長編アニメを取り上げている追悼文です
そこで不満を述べる気はないのですが、やはり高畑勲監督の業績を語る上では「アルプスの少女ハイジ」や「赤毛のアン」、「ベリーヌ物語」といったテレビシリーズを無視できません
限られた話数の中で、どう原作の物語を落とし込むのか、脚本や演出の腕が問われます。そこをきちんと押さえ、視聴者に満足感を与えられるかどうか、で作品の評価が決まります。劇場版アニメのように脚光を浴びることはないものの、こうした職人技をきちんと使え、「ハイジ」や「赤毛のアン」という作品を提供してきたところをもっと評価してもらいたいな、と思います
そして作られた作品は日本のアニメとしてではなく、児童文学のアニメとして欧米に限らずアジアやアフリカでも放映され、多くに視聴者に親しまれています。劇場版アニメ、ジブリ作品という範疇だけで、高畑勲監督を語るのは手抜きのようなものでしょう
世界・わが心の旅 〜 高畑勲
上記のレコードチャイナの配信記事では、高畑勲監督の憲法九条を擁護する活動に文字数を割いています。反戦平和主義者としての評価を中国メディアが下すのは、中国の軍事大国化を見れば皮肉に映ります。中国は自衛のためと称するものの、周辺諸国に武力をちらつかせ圧迫しているのは事実であり、派遣国家を目指す野望がありありです。軍事大国を目指す中国を高畑勲や宮崎駿がどう見たのでしょうか?
また、宮崎駿について「自然を大切にするトトロのおじさん」とレッテルを貼るのは誤りですし、高畑勲を「日本民族が古来より文芸作品中に一貫して有している独特の審美観の持ち主」と決めつけるのも誤りでしょう。それは何も高畑勲監督に限ったものではないのですから
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