韓国は村上春樹をどのように読んだのか

ノーベル文学賞候補と言われるようになって久しい村上春樹ですから、文芸雑誌を手掛ける出版社は「受賞記念号」に向け、評論家などによる予定原稿を集め準備を終えているのでしょう
いつまでも受賞できないため、予定原稿が古びてしまい、世相との間にギャップが広がっている可能性も懸念されます。令和の時代にはまた、新たな評価もあるわけで…
さて、今回は韓国で村上春樹がどのように読まれているのか、受容されているのか、取り上げてみます
当然ながらさまざまな受け止め方、読み方があるわけで、誰かの評論を1本紹介しただけで全容を伝えきれるものではなく、切り口が難しいのは書くまでもありません
しかし、何か俎上に乗せなければ話が始まらないので、Google検索で上位にあったユン・へウォンの評論を引用します
どのような人物かは不明ですが、PDFの紙面に「専修国文」とありますので専修大学文学部の紀要に掲載されたものなのでしょう
ただ、参考文献の筆頭に小森陽一の「村上春樹論」というトンデモ本が挙げられていますので、ドン引きしてしまいました
小森の「村上春樹論」がいかにひどい内容であるか、以前に言及しました

村上春樹論

さて、今回引用するユン・へウォンの評論は長文のなので、その一部だけ紹介するにとどめます。全文を読みたい方は以下のアドレスからダウンロードしてください


韓国における村上春樹の役割と意義―代表作『ノルウェイの森』の受容様相
(前略)
1980年代後半、韓国では学生による民主化運動が展開されるようになった。 学生たちは民主化を弾圧し、自由を抑圧する暗くて息苦しい社会の中で、精神的に悩んで迷いながら苦しんでいたのである。
民主化を叫びながら焼身をすることや、投身自殺をする衝撃的な事件も起きたが、若者たちは時代に立ち向かって民主化運動を続いた。そして1987年6月の反軍部独裁の民主化抗争で、韓国の学生運動は立派な民主化の成果をあげ、栄光の絶頂に達した。しかし学生たちは強大な社会の壁 の前で、自身たちが信奉し掲げた理想主義を実現できず、絶対的だった価値と目標を喪失したまま、挫折感に落ちてしまうのであった。
このような挫折を経 験した当時の若者たち、いわゆる 386 世代はまさに喪失の時代に住む張本人で あった。一方、この時期に韓国国内文学の成長がなかったのではないが、開放的で自由な資本主義市場で生まれ変わる 80 年代後半までは、韓国文壇は統制が厳しくて権威的な時期であった。そしてそのような抑圧的で閉鎖的な雰囲気の中では、活発な創作活動は難しいことであることを考えられる。
その時に登場したのが村上春樹の小説であった。村上春樹の作品には国も政治も存在しなかった。そこには個人に対する倫理があって、都市的な感覚がみなぎっていた。それは歴史と現実に抑えられ、精神的な恐慌に落ちていた若者 たちのこころを強くとらえるに充分なものであった。
キムチュンミはこの時期の韓国の若い作家たちは、村上春樹の作品を通じて政治社会小説ではなくても、文学はできるという認識を持つようになったと、当時の村上春樹の影響について述べた。
つまり村上春樹の作品から、新しい小説作法と都市的な感性を表出する表現方法を見た作家たちは、それをきっかけにして保守的な小説の形式から自由になれたと説明できるのである。詩人のジャンソクジュも「ハルキと出版、ハルキと文壇の問題的愛憎関係」で村上春樹の登場とその意味について次のように述べている。
1989年に始めてハルキを見たとき、アーリーアダプターたちはまさに新しい、という印象をたくさん持った。わが国の文学もこのような方向にいくだろう、強大談論が消滅し、日常、自我、欲望、愛、性を扱う方向に行くだろう、またそのモデルはハルキであろうと話しをした事を思い出す。(中略)グヒョ ソ、ユンデニョン、ジャンジョンイルなど新しく登場した小説たちが実際にそ うであった。『喪失の時代』が回顧する状況は韓国のそれとそっくりだった。韓国の作家たちはそのような大衆儀式の変化、情緒の変化を先占されたのであった。
(以下、略)


韓国のいわゆる386世代(1990年代に30歳前後で、80年代に学生であり、1960年前後に生まれた世代)が村上春樹を発見し、自身のアイデンティティに重ね合わせる形で「ノルウェイの森」など、各作品を受け入れたと言いたいのでしょう
それは従来の権威主義的な文壇にはない、斬新で極めて個人的な物語に映ったのであり、自身を語るに相応しいスタイルだと
従来の韓国文学(と、一括りにはできないのでしょうが)は、民族の運命などを描く大河的視点を求められ、個人のささやかな体験を語るような小説は評価されない風潮があったがゆえに、村上作品がより新鮮なものと受け止められた、と言えるのかもしれません
省略した部分では、「ノルウェイの森」が翻訳出版されてから、およそ10年に渡って小説部門の売上20位内にランクインし続けたと指摘されたいます
同時に、村上春樹風の小説を書く新人作家が大挙して登場したのも、その影響力が大きかった証拠なのでしょう
踏み込み不足ではあるますが今回はここまでにして、また面白い評論を見つかたら取り上げることにします

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