教養人の語る永山則夫事件の危うさ 山折哲雄対談より

東洋経済オンラインに宗教学者山折哲雄と前慶應義塾塾長安西祐一郎の対談が掲載されています
いわゆる教養人が大学教育などなどについて縦横に語り合う企画なのですが、こうした対談に見られるのは事前に論点など絞りこまず、入念な資料の準備もなしに「気軽に語り合う」のが目的化してしまっており、とても残念な対談に終始しています
大学教育から話が飛んで、4人を射殺して死刑になった永山則夫事件を唐突に山折哲雄が持ち出し、話を振られた安西祐一郎が面食らう場面があります

愛国心でも愛郷心でもない、日本人の教養 山折哲雄×安西祐一郎(その1)
永山則夫の精神鑑定からわかったこと

山折哲雄は「凶悪事件の研究がされていない」と指摘していますが、これは事実誤認です。犯罪の研究は行われているものの、お金にならない研究なので目立ちたませんし、注目もされないから「研究されていない」ように映るだけです
そこで山折哲雄はノンフィクションライターの堀川惠子の「永山則夫 封印された鑑定記録」を凶悪犯罪に対する顕著な研究であるかのように持ち出し、目新しい真実がそこに見出されたがごとく紹介しています
しかし、これも困ったものです。対談の中身を読めば分かりますが、山折哲雄は同書の中にある永山則夫の言い分をそのまま信じるだけで、検証しようともしません
「ひとつは、彼が北海道の網走の生まれで、貧困と飢餓からものすごい虐待を受けていたこと。母親に3度捨てられたと言っているくらいです。そういう経験の中であの犯罪を犯したわけです」と受け売りしています
母親に捨てられたという永山則夫の言い分は半分、被害妄想であり、母親は家出を繰り返す永山則夫を引き取るため遠方まで出迎えに行き、則夫が悪さをすれば頭を下げて回るなど苦労を強いられていたのが実態です
生活に追われ、幼い則夫に十分愛情を注げなかった事実はあるものの、則夫を見捨てたり虐待していたのではありません
永山則夫事件に関しては多くの本が書かれ、研究もされています。しかし、山折哲雄はそれらを無視して、「永山則夫 封印された鑑定記録」のみを取り上げ論じており、とても学際的な姿勢だとは言い難い主張を展開しています
そもそも犯罪者の主張をそのまま受け売りすることを「研究」とは言いません
犯罪者の主張の裏付けを取り、誇張や歪曲がないかを調べ、嘘が混じっているのなら「それはなぜか?」を考えてこそ、「研究」と言えるわけで
精神鑑定の場も同じです。犯罪者の供述をなぞるだけでは精神鑑定と呼べないのであり、犯罪者の言い分をそのまま本にして「事実を報道した」と思い込んでしまうジャーナリストの立場とは違うのです
犯罪研究者が入念に準備した上で山折哲雄と対談したなら、まったく違う展開になっていたでしょう
永山則夫が十分な教育を受け、教養を身につけたなら世に名を残す作家になっていたのでしょうか?
自分の答は「No」です。教養の有無ではなく、永山則夫の志の低さが彼を破滅へと導いたと思えてしまうからです
せっかくの教養人の対談なのですが、サラリーマンの居酒屋談義とどっこいどっこいの展開であり、大変残念です

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