宮崎駿引退と「仕事の流儀」
8月下旬、NHKが放映した「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見てからブログで取り上げようと思いつつ、忙しさにかまけているうちに宮崎駿の引退報道がありました
あたかも重大事件であるかのような扱いは大げさすぎでしょうし、本人も苦笑いしているのではないかと憶測します
さて、「プロフェッショナル 仕事の流儀」ですが、「風立ちぬ」に取り組む宮崎駿に密着取材したものです
密着取材すれば「創作の秘密が明らかになる」と決めてかかるのは早計で、やはり取材する側のセンスや戦略が必要になります
取材対象(宮崎駿)がカメラの前でわかりやすく語ってくれるのなら別ですが
番組の冒頭で宮崎駿が企画を鈴木プロデューサーに説明する場面があり、「風立ちぬ」のタイトルを紙に書き、堀辰雄がポール・ヴァレリーの詩を翻訳する際に「なぜ、風立ちぬ」と表現したかを説明しています
しかし、その後はもっぱら零戦の設計者堀越二郎について語られるのみで、堀辰雄は登場しません
あるいは、「戦争のための道具を作った人間をアニメにするのはなぜか?」との問いに僕は答えなければならない、との発言がクローズアップされます
どこで堀辰雄に再び言及するようになるのかと思って見ていたのですが、番組後半、映画作りの重大な転換点で再び堀辰雄が登場します(とは言っても彼の名前は出ません)
宮崎駿が妻と「ハンセン病患者の生活を描いた展示」を見に言った、と語られる場面がそれです
ハンセン病患者として強制隔離された患者の生き様を見て衝撃を受けた様子が画面から伝わってきます
この体験が堀辰雄の小説に再びつながり、結核患者としてサナトリウムで療養する菜穂子の存在を浮かび上がらせ、菜穂子がサナトリウムを抜け出し名古屋にいる二郎の許へとやってくるシーンにつながったと考えられます
ちなみにこのシーンは堀辰雄の小説「菜穂子」において、菜穂子が八ヶ岳のサナトリウムを抜けだし列車で新宿へ向かう展開を模したものです
「仕事の流儀」を見る限り、宮崎駿は物語の結末をどうするか決めないまま「風立ちぬ」の制作を開始しており、最後の山場である名古屋での菜穂子と二郎の短い結婚生活を絵コンテにするのは、映画が完成しつつある時期です
ハンセン病患者の展示が菜穂子のサナトリウムでの療養生活につながり、菜穂子の短い人生の燃焼を物語の結末に結びつける宮崎駿の取り組みNHKの「仕事の流儀」ではカメラに収めたわけです
言い直すと、漫然と密着取材をし、録り溜めたビデオテープを編集して出来上がりという安易な企画ではなく、きちんと「風立ちぬ」が恋愛映画として成立する過程をカメラに収めたのですからプロフェッショナルの仕事だと評価できるのです
堀越二郎の人生と堀辰雄の文学が結実する瞬間を表現したのは大手柄でしょう
まあ、そこに注目する視聴者がどれだけいるのかは分かりませんが
宮崎駿の引退宣言については別途、取り上げようと思います
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