作家安部公房の未発表作品「天使」掲載で文芸誌増刷
文芸雑誌が増刷するという事態はめったに耳にしないニュースです。芥川賞受賞作を掲載した月刊「文藝春秋」の増刷という例はありますが
新潮社が発行する月刊文芸誌「新潮」12月号には、安部公房が22歳のときに執筆したと思われる短編小説「天使」が掲載されており、書店で売り切れが相次いだため、4000部の増刷が決定したと報じられています
新潮 : 安部公房人気で6年ぶり増刷 未発表作「天使」掲載
安部公房が亡くなって20年になろうとしていますが、こうして初期の習作が発掘されるのですから驚きです
さらには、安部公房の初期の作品に関心を寄せる人が数多く存在する事実にも、あらためて驚かされます
作家のデビュー作には、その資質が凝縮されているとの見方もあります。多くの人が安部公房の初期の作品に関心を示すのは、やはりそこに安部公房という作家の芽を見い出し、確かめたいと思うからなのでしょう
この未発表作品「天使」の発見については、11月7日付け産経新聞の報道で経緯が紹介されています
安部公房 22歳の未発表短編、発見 3作目「天使」 実弟が保管
「天使」が執筆されたのは昭和21年秋頃、と記事では推測しています
安部公房の年譜に照らせば、昭和21年の秋というのはまだ満州の奉天に留まっていた頃です
安部公房は昭和18年に東京帝国大学医学部に進学していますが、戦局が激しくなる中、ひっそりと家族のいる満州・奉天に戻っており、そこで終戦を迎えます。敗戦によって家を奪われ、奉天市内を転々としながらサイダーの製造など手がけて日銭を稼ぎ、日本への帰国の機会を待っていた時期にあたります(日本への帰国は昭和21年の末)
今の若い人たちには想像できないのでしょうが、自分が高校生だった頃、安部公房の新作が出るというニュースは、さながら事件のように扱われていました
「村上春樹の新作が出る」とのニュースより、はるかにインパクトが強かったと思います
新しい作品ごとにさまざまな実験的手法を駆使し、斬新すぎて物議を醸すといった具合です
自分は安部公房の忠実な読者ではありませんが、それでもいくつかの作品は読んでいます
その中でも心惹かれるのは初期の長編「終わりし道の標べに」です
これも昭和23年、中国大陸での生活から間もない時期に書かれた作品であり、荒涼たる満州の原体験が色濃く反映された内容です
荒削りで観念的な文章ながらも詩情を伴った作風という、後年の安部公房の小説からかけ離れた作品になっています
この時期、安部公房は小説だけでなく詩作も続けており、それが反映しているのでしょう
さて、以上の読書体験を踏まえ、自分も初期の安部公房の作品に関心を持つ1人です
このニュースに接して、昭和22年に安部公房が自費出版した「無名詩集」を読んでいない(他の著作で引用されていた詩、数編は読んでいますが)のを思い出し、書店に「安部公房全集」の第1巻を注文した次第です
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