今は「名言」「格言」から学ぶべき時代なのか?

「本の雑誌」のウェッブサイトに名言や格言についての本が紹介されています
こうした本はビジネスマン向けに「発想のヒントになる」などの理由で、ロングセラーになる傾向があるようです

今こそ、「名言」「格言」から学ぶべき時代?
"個人のスキルを高める"といった触れ込みのビジネス系自己啓発本が次々とベストセラーになる背景には、「多くの人が仕事の悩みを誰にも相談できないまま抱え込んでしまう......」といった事情があるのかもしれません。

まあ、そんなのかもしれませんが、だからといって過去の名言や格言に解決策を見出せるものなのか、疑問に思います
司馬遼太郎の小説「峠」は幕末に長岡藩の家老職を務めた河井継之助を描いた作品です
手許に「峠」がないので自分の記憶に頼って書きますが、河井継之助と1人の武士のやりとりが強烈な啓示を放っています。ある武士が河井継之助に向かい、論語」か何かの格言を口にし、「貴公はそんなことも知らないのか」と揶揄する場面です
河井継之助はその武士に向かい、「頭の上のいくつことわざ(格言)を載せているのか?」と言い放ち、「格言など死んだ言葉だ。いくつ暗記したろころで役に立たない」と切り捨てます
もちろん河井継之助も当時の教養人として四書五経などは読んでいたわけで、孔子や孟子、その他の人々の名言・格言には通じていたはずです
それを「死んだ言葉だ」と切り捨てるのは、司馬遼太郎が河井継之助の存在を介し、前例のない動乱の時代に突入した日本を描き出すためだったのでしょう
格言、ことわざで乗り切れるような生やさしい時代ではなく、前例踏襲など通用しない政治制度も道徳も価値観も激変する変化に投げ込まれ、翻弄される人々を描くために
いわゆる人生訓や処世術など通用しない幕末動乱にあって、河井継之助は藩の命運を左右する舵取り役を務めなければならず、論語のように君子はいかにあるべきかを口にしたところで、答えは見つからなかったのだろうと、自分は想像します
だからといって「名言」や「格言」を否定するつもりはありませんが、大事なのはそうした言葉の表現に結実する思考を読む行為であり、「格言」や「名言」を暗記し人前で引用して見せることではありません
松下幸之助は偉大な経営者ですが、松下幸之助の言葉に何か解決策が秘められているわけではありません
松下幸之助の思考に解決策があると考えるべきでしょう
松下幸之助の名言集を座右に置き、丸暗記するまで読み込んだところでどこかにたどりつけたりはしないのです
フランスの哲学者デカルトは、「我思う。ゆえに我あり」と残しています。しかし、これは「格言」でも「名言」でもなく、デカルトの思考の結果です
重要なのはなぜデカルトがそのような結論に至ったかという思考の展開の方であり、書き残した言葉の表現ではありません
「偉人の残した格言集」といったたぐいの本にデカルトの「我思う。ゆえに我あり」が掲載され、陳腐な説明が書かれているのに苦笑した経験があります
こうした「格言集」は過去に類似した本が山ほど出版されていますので、それらをパラパラとめくりつつ、部分的に引用すればあっという間に新しい本が出来上がってしまいます。編集のプロ、ライターと呼ばれる人たちにかかれば手間もお金もかからず、簡単に本が作れるお手軽な企画です
そんな安易な編集による企画が、悩める現代人を救えるのか、と自分などは思ってしまいます

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