「14歳のエヴァは終っていない」 酒鬼薔薇聖斗のエヴァンゲリオン

先日、神戸の連続児童殺傷事件で殺害された少年の父親が、事件から14年を経過したところで自分の心情を語る手記を発表し、当ブログでも取り上げました
被害者の父親の悲しみは消えませんし、「なぜ自分の子どもが殺されなければならなかったのか?」という疑問は解決していません
事件については犯罪心理学者や精神科医、ジャーナリストがさまざまな説明をしているのですが、それでも被害者の父親は「なぜ?」との思いを抱え、納得できない不全感に苛まれ続けているのです
酒鬼薔薇聖斗を名乗った犯人から被害者の父親には手紙が届けられているのですが、そこに何が書かれていようとも「なぜ?」との思いは消えません
それはあの事件に衝撃を受けた世間一般の人たちも同じです
酒鬼薔薇聖斗が何を考えて生きているのか、自分が起こした事件についてどう考え、何を反省したのかは伝わってきません
彼を公衆の面前に引っ張り出し、人民裁判にかけろと言うつもりはありませんが、あの事件に衝撃を受けた人々には大きな謎が残されたままになっています
さて、大塚英志は「14歳のエヴァは終っていない」と書き、「神戸の連続児童殺傷事件」と「新世紀エヴァンゲリオン」という未解決の謎に答を用意しなければならない、と主張しています

大塚英志のおたく社会時評 第五回 14歳のエヴァは終わっていない

言うまでもなく、14歳という年齢に特別な意味はありません。教育評論家の尾木直樹は「14歳は特別な年齢だ」と主張していましたが、この人は17歳の少年が殺人事件を起こした際にも「17歳は特別な年齢だ」と主張していました。それなら15歳でも16歳でも、みな「特別な年齢」になってしまいます
要するに人は己の節目と感じる年齢(それが14歳でも15歳でも構わないわけです)に、「自分とは何か?」を考えたり、「自分は何のために生きているのか?」との問いに直面し、思い悩むのです
そこで上記の大塚の文を読めば、要するに大塚英志は、「宮崎駿は14歳の少女たちに答えを提示する責任がある」と言いたいのでしょう。そして「エヴァンゲリオンを作った庵野は答えを提示する責任がある」と言いたいのだと思われます
同時に、「酒鬼薔薇聖斗は自分が起こした事件について答えを提示する責任がある」と言いたいのでしょう
もちろん、宮崎駿は答えをジブリ作品という形で提示し続けています。エヴァンゲリオンの劇場版が答えになっているのかは分かりませんが、庵野秀明なりに「ヱヴァンゲリオン」を語り続けることで責任を果たそうとしているのかもしれません
ならば酒鬼薔薇聖斗はどうするのでしょうか?
当然、さまざまなジャーナリストや出版社が彼に接触し、「手記を出版しろ」と迫っていると予想されます
酒鬼薔薇聖斗とその両親は2つの殺人事件で2億2千万円の損害賠償を要求されています。一部は両親の書いた手記『少年A」この子を生んで…父と母悔恨の手記』の印税が充てられていますが、それだけで支払い切れるものではありません
酒鬼薔薇聖斗は月に4千円、両親は8千円を支払い続けているそうですですから、「手記を書けばまとまったお金が入るし、賠償もできる」と勧める出版社が出るのは当然の成り行きでしょう
しかし、彼が手記を書いたとして、そこに何らかの真実が反映されるているのかは疑問です
被害者の遺族や世間一般の人たちの「なぜ?」に答えを提示できるとは思えません
どこかのジャーナリストの手が加えられ、演出され、修飾された手記など、何の役にも立ちません
この事件については、その判決がいろいろと批判されているのですが、家庭裁判所が実施した精神鑑定結果は概ね妥当なものだと自分は受け止めています
1脳のX線検査、脳波検査、CTやMRIによる脳の断層検査、染色体の検査、ホルモン検査に異常は無い。
2非行時・鑑定時とも精神疾患ではなく、意識は清明であり、年齢相応の知的能力がある。
3非行時・鑑定時とも離人症状と解離傾性(意識と行為が一致しない状態)があるが、犯行時も鑑定時も解離性同一性障害ではなく、解離された人格による犯行ではない。
4未分化な性衝動と攻撃性の結合により、持続的で強固なサディズムがこの事件の重要な原因である。
5直観像素質(瞬間的に見た映像をいつまでも明瞭に記憶できる)者であり、その素質はこの事件の原因の一つである。
6自己の価値を肯定する感情が低く、他者に対する共感能力が乏しく、その合理化・知性化としての虚無観や独善的な考え方がこの事件の原因の一つである。
7この事件は長期的に継続された多様で漸増的に重症化する非行の最終的到達点である。
ただ、こうした見解はあくまで外部から観察し、検討した結果であり、彼自身が事件の意味をどう理解しているかは別の問題なのです
しかし、沈黙もまた答えであり、酒鬼薔薇聖斗がこの先20年、30年と沈黙を守り続けるのも、それはそれで1つの表現方法なのかもしれません
沈黙を守り続けるというのはかなりの負担です。今後も彼の存在はメディアによって監視されますし、何かにつけ報道される機会があるでしょう。あることないこと、書き立てられる可能性があります
むしろ思いつくままペラペラとしゃべりまくり、自己弁護に徹する方がはるかに気楽でしょう
たとえ酒鬼薔薇聖斗がどれだけ率直に事件について語ろうとも、すべての人を納得させるような答えを提示できるわけはありません。もちろん、答えを提示し、それに疑問を突きつけられ、さらにまた答えを探すという思考を繰り返すことで、自分の起こした事件への省察が深まるのでしょうし、少年院の中でそうした取り組みがなされたのだろうとは推測しますが
前にも書きましたが、少年法を口実にして何でもかんでも秘匿するのは間違いで、公開すべきものは公開し、社会に少年の更生の経過を形として示すべきだと自分は考えます
そして言うまでもなく酒鬼薔薇聖斗には、裁判所、少年院とは別に彼自身の責任があります
この先も沈黙を守り続けるのか、手記という形で答えを提示するのか、あるいはまた別の方法を取るのか、酒鬼薔薇聖斗の選択を見守りたいと思います
かつてテレビで「エヴァンゲリオン」を見て衝撃を受けた視聴者たちは、おのおのその答を見出せたのでしょうか?

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