「人を殺す経験がしたかった」 豊川事件を考える 2
豊川事件では逮捕された高校生の語った、「人を殺す経験がしたかった」との発言部分だけが切り取られて、異常な犯罪だと指摘する人が大勢いました
「理解不能な理由でいとも簡単に人を殺す少年が増えている」とか、「普通の少年が突発的に人をころす突然型の非行が増えた」などなど
これらは事件の全体を見ないで、結果しか見ない人たちの発言です
さて、今回も長谷川潤の小論に沿って進めます
この小論の全文は以下のサイトで読めます
第2節の「『殺したいから殺した』ワガママ殺人」の中身について考察します
ここで長谷川は、「現在の青少年は、単に『殺したいから殺す』『切りたいから切る』のである」といきなり結論付けます
神戸の連続児童殺傷事件のケースと豊川事件に差異はなく、「殺したいから殺したワガママ殺人」であると主張していますが、これも大きな間違いであり、行為それ自体を読み誤っています
神戸事件(サカキバラ)はサディズムの発現によるもので、「快楽殺人」だとする福島教授の見解は妥当です
フロイトが「すべてのサディストはマゾヒストである」と看破したように、ここでは去勢の儀式が性的な快楽に彩られた物語と化しています。少年は去勢する側(サディスト)と去勢される側(マゾヒスト)の両方の位置にあって性的な快楽を味わおうとしたのだと解釈します。その意味では快楽殺人なのです
一方、豊川事件では上記のような「快楽殺人」だと指し示すようなエピソードが見て取れません。少年が「小動物や虫をもてあそび、殺して楽しんでいた」などというエピソードが存在しないのです
犯行形態こそ被害者の首を執拗に切りつけ、切断しようと試みた点では類似していますが、犯行に至るまでの経緯に大きな違いがあり、それこそが事件の意味を読み取る上で重要なのです
少年が「人を殺す経験をしたかった」と語っているところから、殺人にまつわる彼独自の物語を内面で練り上げてそれに執着していたと推測されるわけですが、その物語は神戸事件のようなサディズムとマゾヒズムに彩られた性的快楽追及のストーリーにはなっていなかったのだろうと推測します
しつこく書きますが、根底にあるのは去勢コンプレックスであっても豊川事件の場合、少年は実年齢よりも未成熟であり、去勢の儀式に性的な意味合いを付け加える前の段階にあったと考えられます
「大人になるためには○○を経験しなければならない」という考えは特異なものではなく、人類に普遍的に共通するものです
太平洋の南の島では高い断崖から海に飛び込むのが大人になるための儀式だとされています。このような大人になるための通過儀礼は各民族に存在します
「セックスを経験するのが大人になるための儀式だ」との考えもあります
精神分析の立場からすれば、豊川事件のように「人を殺す経験をしなければならない」との発想を特別なものだとは考えません(不道徳だとか、そういう議論はまた別の話です)
しかし長谷川にはこの二つの事件の差異は理解できず、少年のワガママが動機だと単純に決めつけてしまうのです
これでは事件の意味を理解するどころではありません
長谷川の小論を読むと、この人には事件を語る上で何の非行理論も持ち合わせていないのだと分かります
社会学の側から事件を考察しているわけでもなく、心理学の側から事件を考察しているわけでもなく、ただヒステリックに「こんな事件が起きたのは教育に問題があるからだ」と叫んでいるにすぎません
しかし、教育学の側から事件を考察しているわけでもないのです
次回は第三項の「『ワガママ殺人』は例外ではない」について考えて行きます
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