こどもへの虐待

その対象範囲が広すぎて、なおかつ論じなければならない問題が多すぎて、何をどう語ればよいのか途方にくれるテーマです
一度では語れないので、何回かに分けて書きます
数年前、アリス・ミラーの「魂の殺人」(新曜社)や「禁じられた知」(新曜社)がベストセラーになりました
帯の宣伝文句に朝日新聞の紹介記事が載っています
「内面を傷つけられた人は、極端な場合、犯罪や殺人など他者を傷つける行為や、自殺や薬物中毒など自滅的な行為に走り、あるいはノイローゼや心身症に陥る。これらの行動は、幼児期に受けた迫害の無意識の再現なのだ。幼児期の迫害は一部の不幸な人たちだけでなく、だれしも大なり小なり体験しているだけに問題の根は深い」
もうどこから突っ込んでよいのやら、という内容です
ただ、朝日新聞の記者の認識が稚拙だというわけではなく、当時(1980年代半ばから90年代前半)にはそうした認識がかなり一般化していたのです
さらにはアダルト・チルドレンの呼称がメディアでも用いられるようになりました。アダルト・チルドレンの概念はまったく誤解されてしまったのですが、ともあれ、トラウマを抱えたこどもが残虐非道な事件を起こす、という短絡的な決め付けが広まりました
書評ではアリス・ミラーを「フロイトの精神分析理論を一刀両断にした」と持ち上げ、その本は書店でよく売れたようです
しかし、アリス・ミラーの主張が「学説」として定着したり、精神分析を駆逐したりする現象は起きず、日本では忘れられかけていると言えます
「しつけ」という名のもとにおこなわれる虐待が西欧では長い間無視され、隠蔽されてきたとミラーは主張します。それはまさしくそうです
ですが、そうした見解はミラーは初めてではありません。ミシェル・フーコーも同じような指摘をしています
おそらくは無名の心理療法家であったミラーより、構造主義の哲学で時代の最先端にいたフーコーの発言の方が重視され、注目されたのは当然です
ミラーの著作にはメラニー・クラインやウィニコットについても言及されていますが、名前が登場するだけで具体的に批判したり、疑問を投げかけているわけではありません
児童の精神分析という領域ではメラニー・クライン率いるクライン派の研究を無視はできず、素通りするというのは理解できません
この2冊の著作以外の場で触れているのかもしれませんが
それからこの2冊を読んで疑問に思うのは、ミラー自身が手がけ彼女の主張の源泉となったであろう症例がほとんどないという点です。豊富な臨床例を挙げて自説を主張したのならもっと説得力のある本になったでしょう
この2冊は学術論文と呼べるほど厳密な論理で構成されているわけでもなく、一般向けの教養書の域を出ていないところがわが国の精神医学や心理臨床から評価されなかった理由だと思います
ミラーは幼児期の心的外傷をことさら重視するのですが、人間は成長の過程でさまざまな体験をします
心的外傷と呼ばれるものも、幼児期だけに受けるわけではありません
幼児期の心的外傷だけが自殺やノイローゼの原因であるかのような主張(上記の朝日新聞のような受け止め方に端的に現れています)は極端すぎます
もちろん、だからといって幼児期の心的外傷を過小評価するのは危険です
家庭内での「しつけ」という名の虐待で幼児が死亡する事件が毎週のように発生しています。死亡まで至らない程度の虐待はもっと数多く行われているのでしょう
さて、それとどう向き合うのか、難しい課題です
最後に、アリス・ミラーの一連の著作がベストセラーとなり、多くの人がこどもの虐待という問題に関心を示したという事実はきちんと評価すべきだと思います


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